富田直秀(Naohide TOMITA)     e-mail: tomita.naohide.5c kyoto-u.ac.jp  ←を半角に変えてください。


Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

E-Mail: tomita.naohide.5c@kyoto-u.ac.jp
(@を半角に変えて下さい。たくさんのメールをいただいており、お返事できない場合が多いと思います。申し訳ありません。)

2015年12月07日

病気に苦しむ人は、芸術家である A patient is an artist



 「病気に苦しむ人は、芸術家である」

          富田 直秀

  芸術家の方々とお付き合いをするようになって、生きていることそのものが芸術なのだなあ、と実感する。すばらしい芸術家は、多くの人に、それぞれに生きている「私」を感じさせ、受け取る側も立派な芸術家にしてしまう。
  また、これはむしろ芸術家の方々にはわかりにくいのかもしれないが、素人が芸術活動のまね事をしてみると、芸術活動がその身近の周囲にとっていかに迷惑であるのかを思い知らされる。(実際、私の芸術活動のまね事は周囲に大迷惑を与えている)誤解を恐れずに述べるならば、「私」が生きることによって周囲に与える迷惑を、多くの人によって自主的に受け入れられた「私」こそが芸術家なのだ。この定義が正しいのならば、人はたいてい無自覚のうちに芸術家に始まる、そうして芸術家に終わるのが理想なのだろう。(芸術家を成立させているのは崇拝者であって依頼人ではない,,)
  多くの人にそれぞれの「私」を感じさせ、また、生きていることの迷惑を自主的に受け入れるか否かを、社会に問いかけているのが芸術であるのならば、同じように医療も、多くの人にそれぞれの「私」を感じさせ、また、生きていることの迷惑を自主的に受け入れるか否かを、社会に問いかけている。そうして、すばらしい医療は、患者を立派な芸術家にするし、また、芸術家となった患者は多くの人にそれぞれの「私」を感じさせる。この文章では、病気に苦しむ人とそれを支える人が共に芸術家なのだと、それを実現させるのが本来の医療なのだと主張したい。失われた機能の回復ばかりが医療なのではない。

しかし、、、そのために、私はいったい何をすればいいのだろうか、、



“A patient is an artist”

                     Naohide TOMITA

Art is “living” itself. Artist makes people to feel of "living" and good artist makes people to become another artist. On the other hand, my poor artistic activities are a big annoyance to my surroundings. These teach me that “One whose annoyance of “living” is voluntarily accepted by people, is an artist”. If this definition is true, people is usually begin as an artist, and is desirable to end up as an artist. (It is not a client but an admirer who makes an artist,,,)

Art makes people to feel of “living”, and asks the society to voluntarily accept the annoyance of “living”. Medical care also makes people to feel of “living”, and asks the society to voluntarily accept the annoyance of “living”. And the true medical care makes patient to be an artist who also makes people to feel of "living". Thus, recovery of lost function is not the only way of medical care.

But,,, How should I do for that,,


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2015年11月25日

「共に勝つ」 (京都大学フィールドホッケー部、2015年OB会誌)

        「共に勝つ」

                      部長 富田 直秀(工学研究科医療工学分野)

  インカレ等での勝利はどんなにかうれしかったことでしょうか。うれしいだけではなく、共通の目標を持った友人に出会い、共に得た勝利は、これからの人生にも大きな自信を与えるのだと思います。今まで口ばかり偉そうなことを書いてきました私自身は、実を言いますと、何かを意図的にしようとすると、必ずその逆の作用が身体の中から現れてしまうタイプの、おそろしく要領の悪い人間でありました。高校で私はテニスをしており、練習量は誰にも負けなかったつもりなのですが、公式戦ではなかなか勝つことができませんでした。高校3年になって、やはりとても練習熱心な友人とペアを組むことができて、初めて公式戦に勝ち、さらに勝ち続けて夏には地区の代表になることができました。このときの自信が、つまり共に懸命になることができる友人を持ち、少々要領は悪くとも懸命さを続けていればいつか結果を出せるのだ、という信念が、その後の私の生活を根底から支えています。
  この共に戦った友人が、脳幹梗塞を発症して長い苦しい日々を送っていることをつい最近知りました。見舞いに行く新幹線の中で、私は涙を抑えることができずに、流れる風景にばかりに顔を向けていました。かつて臨床医であった私は、「他人の痛みをわかる」ことの欺瞞と難しさをよく知っているつもりです。人の痛みはわかるのではなく、自身の痛みと人の痛みが共鳴し合う事によって、かわいそう、という同情でも哀れみでもない、緊張した人間関係が生じます。修行僧が苦行を行うのも、こうした共感の双方向性の故かもしれません。この共鳴し合う時間を共有した友人の長い辛い痛みを知らずに、安穏としていた自分がなんとも情けなくありました。
  現役諸君がインカレ等で「共に勝つ」ことのできた経験は、どんなにか貴重であったかと思います。その勝利を導いた理由や要領をしっかり反芻して、これからの人生に活かすのももちろん大切ですが、共に懸命になることができる友人を持ったことのすばらしさもぜひ忘れずにいて下さい。そうして、卒業の後にも、この痛みを共鳴させることのできる緊張した人間関係を、永く続けていかれることを切に望みます。

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2015年08月08日

生活の質(QOL)のデザイン

生活の質(QOL)のデザインに関して、デザイン論考
http://www.design.kyoto-u.ac.jp/ronkouweb/vol.4/vol.4_tomita.pdf
に投稿しました。
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2015年05月09日

雄勝湾

5月の連休に、東北大震災(津波)の最前線で救護を行っていた友人の案内で被災地を回ってきた。今まで語れなかった人たちが、やっと少しずつ語る物語、助成を受けられる人、受けられない人の話。津波の傷跡を示す写真、大川小学校の写真など、など、、(下の写真は、当時のまま残されている大川小学校の倉庫の様子)

IMG_5181.JPG


けれども、一番心にしみたのは、一見何の変哲もない今の雄勝湾の風景だった。ここがあまりよく知られていないのは、被災者の多くが亡くなってしまって、その悲惨さを伝える人がいないためだそうだ。「ここは結構な町だったのに」と寂しく語る友人の言葉がなければ、何も気づかずに通り過ぎてしまう。

2015年五月連休,雄勝湾 DSC bmp ドキュメント小.bmp
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2015年04月21日

デザイン学

デザイン学を始めた動機などを,越前屋俵太さんのインタビューでしゃべっています

https://youtu.be/_xxZWaoax2Q

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2015年04月07日

「Melt Down メルトダウン」情けない記憶

  福島第一原発の事故のころ,大学教員同士が街中で顔を合わせると,まるで何かの陰謀の一味であるかのようにひそひそ声で状況の深刻さを話し合ったのを憶えています.私たちはその道の専門家ではありませんでしたが,学者の不用意な発言が大衆の暴走を促すかもしれない不安定さが,当時はありました.「客観的事実」を盾にしてふだんは偉そうにものを言う私たちは,何もできず,何も言えず,なんとも情けない存在でした.
  あれから4年間,誰がどう行動すべきだったのか,そうして,今後はどうすべきなのか,と議論が続いています.もちろん,事実と予測に基づくそれらの議論はとても重要な論議だと思います.しかし,あの時の私たちの情けなさはどうなったのでしょうか.原発推進者の強気は情けなく破壊されましたし,事故のあったその夏でさえクーラーを切って生活することができなかった私も情けない情緒的原発反対者です.原発事故で絶望の淵に立たされた人たちに対して,私は何もできませんでした.原発問題のもう一つの本質は,安心(ANSHIN)という質を扱うことのできない科学と科学者の情けなさなのだと思います.
  この4年間,休日になると原発にかかわる言葉にならない何かをパネルにぶつけてきました.塗って削って,千人針をして,切ったり貼ったり,燃やしたり,漬けたり,,,と,ちょうど医療事故で妻が死の淵においやられたことなども関係しているのかもしれません,もやもやと何重にも重なった形や色に「Melt Down メルトダウン」という題名をつけて,上野の森美術館大賞展に出品しました(4月29日〜5月10日上野の森美術館, 2015年5月26日〜31日京都府京都文化博物館に展示,作者名:町井直秀).何ら明示的な主張がなく,結局,私は何もせず(被災者の方々,申し訳ありません),様々な情けない思いをここにぶつけた本人が生きている,ということだけが唯一の意味である作品です.


(写真は作品の一部)

メルトダウン 2015年 トリミング2.jpg
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2015年01月05日

フン と鼻で笑う

2013年09月28日のブログに、私(富田)の行動優先順位と指定化の項目を挙げた。

1.その場所でできる掃除
2.その場所でできる創造
3.移動(脚を使う)

  この訓戒は、私の部屋のドアにも掲示しているため、ディスカッションをしに部屋を訪れた学生たちの目にも留まる。これは何ですか?と聞くので、その深遠なる意味をとくと説明すると、学生たちは、フンと鼻で笑う、、
  3の移動(脚を使う)の実行に関して、昨年はそれなりに自信がある。一般にはそこまでは行かないだろう、と思われる場にも積極に乗り込んで、脚を使うことの大切さを再認識する経験を多く持った。これを学生に笑われるすじあいはまったくない。
  2の、その場所でできる創造も、自己満足ながら、その方向性は堅持しているつもりだ。実験そのものは学生任せなのだが、学生たちの知らないところで常に創造活動は心がけているつもりだ。これを笑ったのだとすれば、事実誤認もはなはだしい。
  問題は、1番の「その場所でできる掃除」であろう。2013年05月23日のブログ「私は害虫」にも書いたように、掃除は社会にとっても最も重要な作業であるとともに、私(富田)の存続と周囲との関係性の要でもある最重要項目だ。学生たちは、大きな白版の後ろに隠した私の机のエントロピー(乱雑さ)や、私の身の回りの混沌を透視でもしているのだろうか、、それにしてもフンと鼻で笑うことはなかろう、、




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2014年12月05日

人の世界観を否定せず,徹底的に追求させる(小池一範先生 追悼)

人の世界観を否定せず,徹底的に追求させる(小池一範先生 追悼)

        富田 直秀

  京都市立芸術大学とのお付き合いは5年ほど以前から始まった.京都府と京都大学の共催で行った高校生向けのワークショップへの参加をきっかけとして,文化教育にも力を注いでおられた日本画教室の小池一範先生を,京都府の横田さんよりご紹介いただいたのがそのお付き合いの始まりだった.小池先生に,日本画3回生の講評会の様子を見学させていただいた時の衝撃は今でも忘れることができない.素人目には,ああ上手い,と思える絵よりも,そうではないと思われる絵に先生は注目し,またそうではないと思われるところを褒め,そこから何かを伸ばそうとされているように,当時の私には感じられた.その後,京都市立芸術大学の様々な授業やいろいろな教室の活動に参加させていただき,対象こそ異なれ同じような感覚を持つ場面を多く経験したのだが,しかしそれは違和感なのではなく,心の奥底を引き付ける何かがそこにあった.
  「それぞれの世界観を否定せず,徹底的に追求させる」これが,私を京都芸大に強く引き付けている基本姿勢なのだと,あとから次第にわかってきた.そうして,ここにこそ,私たち現代人が直面している様々な問題,たとえば,ものつくりの衰退,省エネルギー問題,心の健康,創造性教育,,,すべての解決の鍵がここにあるのだ,と確信もする.簡単に言うならば,それぞれが棲むそれぞれに異なる世界観の中にこそ私たちの本当のリアリティがあるのであって,客観的(相互主観的)に検証される事実や「わかる」ための形式は,それぞれが豊かなリアリティの中で生活するための一つの有力な手段にすぎない.この手段によって現代社会の合理性が支えられている一方において,本来は手段であるはずの事実検証や形式が,いつの間にか目的となって私たちそれぞれのリアリティを見失わせているところに,現代社会の大きなひずみがあるように思う.他人事なのではない,私自身が見かけの合理性にまどわされて若い人たちの新鮮な世界観を否定し,かといって自身の世界観と合理性との係わり合いを徹底的に追求しているわけでもない.つまるところ私たちは,自身につごうのよい理屈を周囲に押し付けているだけなのかもしれない.
  このことは,いずれまた詳しく述べなければならないが,いまは小池先生の話に戻ろう.私だけではない,小学生から老人まで実に多くの人たちに,画材という実体を用いて,自身のリアリティをみつめることの大切さ教えてこられた小池先生.若い人のそれぞれの世界観を温かく受け入れ,しかし徹底的に追求することを教えて,またご自分にもそれを厳しく課しておられた小池先生.画材の表現にとことんこだわられた小池先生.あのひょうひょうとした中に鋭い厳しさも持っておられた小池一範先生の,その悲報を昨日お聞きした.正式な非常勤講師の手続きをとらずに京大の授業などにもいろいろとご協力いただいていたこと,ジャズ喫茶のYAMATOYAに一緒に行きましょう,などと話していて,結局一度もその機会はなかったことなどなども,死という,取り返しの無さの前で強く悔やまれ,ぐいぐいと胃袋を締め上げる.
  私は大切な師を一人,失った.



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2014年11月13日

以後,気をつけてください

「以後,気をつけてください」

部長 富田 直秀
(工学研究科医療工学分野)

  「あなただけの身体ではないのですから,,」という言葉は,テレビドラマを見ていても頻繁に登場しますし,また若いころから少々無茶な練習や働き方をすることの多かった私は,個人的にも周囲からよくこう言って注意されました.しかし,私のほうからこの言葉を発したのは初めてのことだったのではないかと思います.先日,目にボールを受けて網膜剥離を受傷したO君を見舞いに行って,思わずこれを口にしたのですが,このあまりに「あたりまえ」なことばは,むしろ言った後に,言った本人の私を動揺させています.
  O君のご両親のことを思って吐いた言葉なのですが,だからといって,もちろんのことO君の身体がご両親のものだ,などと言っているわけではありません.小澤竹俊という終末期医療に長年たずさわって来られた先生は,自己の存在の意味を,自己決定できる「自律存在」,未来を展望できる「時間存在」,そうして周囲との関係性の中にある「関係存在」という三つに分類して述べています.最後の関係存在とは,たとえば,私が私であるという主体性が、人と人との関係性によって支えられている,ということを表しています.つまり,「あなただけの身体ではないのですから,,」とは,身体の所有のことを言っているのではなく,ご両親に限らずO君との関係性によって支えられている他の多くの存在がある,ということなのだと思います.
  自分の存在によって支えられている存在がある,という至極あたりまえのことをなかなか素直に受け入れることのできない年頃に,学生諸君はいるのかもしれません.周囲の価値観から独立して,自身の価値観に従った自律した未来を切り開こうとしている諸君にとって,言い換えれば「自律存在」と「時間存在」を自身の力で引き寄せようとしている諸君にとって,周囲との関係性の中に漫然と浮遊しているような「関係存在」はむしろ主体性の否定のように感じられるのかもしれません.しかし,周囲との多くの関係性の中に力まずに身をおいて流れを「みる」ことこそが,最も先鋭で個性的な主体性を成立させ,実は、直感的な予測を鋭敏にして事故を防ぐ一つのコツでもあることを,どのように言葉に表して説明すればいいのでしょうか,,.素直に(部長らしく)「以後,けがをしないよう気をつけてください」とだけ書いておけばよかったものを,書き始めたこの文章の終わりが見えないまま,自身の言ったことことばに未だに動揺したまま,ここで筆をおくことにします.



posted by トミタ ナオヒデ at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ANSHINのデザインプロジェクト

長い間,ブログをサボっておりました,,
まずは,「ANSHINのデザインプロジェクト」のHP開設のお知らせを
http://anshin-design.net/index.html
posted by トミタ ナオヒデ at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

”ANSHIN”をみまもるしくみ(京都市立芸術大学×京都大学 「ANSHINプロジェクト」冊子まえがき) (Since it is beautiful, it is truly useful)

”ANSHIN”をみまもるしくみ
(Since it is beautiful, it is truly useful)

京都大学工学研究科
               富田 直秀

  ”ANSHIN”とは芸術活動なのだと,私は思っています.けれども,みなが同一の芸術的価値を共有するとそれは一種の宗教になってしまいますので,関わる人それぞれの”ANSHIN”はそれぞれ多様であって,しかも無目的であること,それが私たちの挑戦の最も難しいところではないかと考えています.
たとえば,安全は多くの人が共通に持つ願いですが,”ANSHIN”は,それぞれがそれぞれの価値観と形式に則って行う一種の祈りのようなもので,それは,日本画家の村上華岳が「画論」の中で「制作は密室の祈り」であると述べたように,”ANSHIN”も「わたし」という密室の中でそれぞれに祈られる芸術のような対象なのだろうと思います.また,詩人の吉本隆明は「良い文学作品というのは,そこに表現されている心の動きや人間関係というのが,自分にしかわからない,とそれぞれの読者に思わせる,そんな作品だ」と述べています.もし良い”ANSHIN”といったものがあるのだとしたならば,それは安全性のように,または宗教の教義のように多くの人に共通に理解されるのではなく,それぞれの「わたし」にとっての”ANSHIN”が異なる他の”ANSHIN”と偶然の出会うようにして,多様性を保ったまま,多くの人の間に広がっていくような,そんなものなのだろうと想像しています.誰かが定義をして共通に理解をする「安心」でも「あんしん」でもなく,あなただけの”ANSHIN”であることがまず出発点です.
  芸術か,よくわからんな,と思う人もおられるかもしれません.自分だけの”ANSHIN”であればそれはどこか自己満足的で,たとえば,いざ自分や家族が病気に罹患するような現実に直面すれば,科学的な治療が第一で,その後に考慮すべき内容のように思われるかもしれません.事実,私も家族の死の危機に直面した時には,たしかな知識と経験に裏付けられたより安全な治療を第一に求めました.多様ではなくしっかりとしたエビデンスが,そうして無目的ではなく治癒という目的に従ったしっかりとした行動が,医学の世界では求められています.そうして,しっかりとしたエビデンスを基盤とした治療体系が整いつつある現在の医療においても,いや,そうであるからこそよけいに忘れてはいけないもう一つの視点があります.医療の世界では,エビデンスを基盤とした医学としての治療体系をEBM(Evidence Based Medicine)と呼ぶのに対して,患者それぞれの物語(Narrative)と対話に基づく医療をNBM(Narrative Based Medicine)と呼んでいます.EBMとNBMは対立するものではなく,たとえば紙の表裏のように,またたとえば演奏の技術と感性のように,互いに補完し合って医療という現場で患者それぞれに触れていく行動の支えとなっています.
  NBMの実践を参考に,私たちがこれから目指す”ANSHIN”の行動指針を一つだけ述べるとすれば,それは「みまもり」という言葉に集約されるのではないかと思います.それぞれの「わたし」の「したいこと」と「すべきこと」を自身で探し出すこと,つまりそれぞれの「わたし」を起点とした自己組織的な実践であるところに「質」を伴った技術が生まれますが,そのためには目的や基準に従った管理や指導のみではなく「みまもり」に徹する姿勢の存在が,”ANSHIN”実践の一つのバロメーターになるように思います.一つ注意しなければならないのは,自主性を尊重することと安全などの環境をしっかりと整えることとはまったく別であることです.「みまもる」ことが管理や指導よりもはるかに厳しい行動であることの自覚は必要であると思います.実を申しますと,私はこの厳しさを理解していなかったおかげで,安全を脅かすミスを引き起こしてしまった経験が何度かあります.勝手な思い込みに走ってしまう危険性をそれぞれが自覚するような環境は(管理ではありませんが),年長者がしっかりと整えなければならないと思います.そうして,もしミスが生じてしまった時には,それぞれが積極的に責任を負うことも”ANSHIN”のもう一つの実践かもしれません.安全への脅威に皆がそれぞれの立場で自主的に立ち向かう環境ができれば,”ANSHIN”は「安全性」に勝る信頼性を実現できるものと考えています.想定された有害事象に対する安全検討はもちろん必要ですが,現実において危険性は想定され得ないところにこそ生じ,また,安全検討が単に責任の押しつけ合いとなっている場合も多いことは理解しておかなければならないと思います.その意味で,”ANSHIN”は安全性よりも,より現実的であるといってもいいのかもしれません.
  しつこいようですが,「みまもる」という明文化され難い行動は管理や指導とは比べ物にならない,鋭い予測能力と観察力を必要とします.しかし,それが達成し得ないほどに困難な作業なのか,といいますと,自然界では多くの生物が自然に行っている行動でもあります.「見守る」ではなく「みまもる」とひらがなで書きましたのは,機能などを客観的に「見る」ことと,それぞれの主体が出会って「みる」ことを区別しておきたかったからです.「みまもり」とはイキモノに共通した一種の芸術活動であって,その要点も多様性と無目的性にあるのだ,と私は感じているのですが,感じているだけで論理的にわかっているわけではありません.ただ,みまもる,みまもられるという行動が多様で無目的であるところにこそ私は美しさを感じます.兎にも角にも,現在までのところこの”ANSHIN”プロジェクトが大きな失敗をせずに多様性を保持して続けられているのは,京都市芸大,辰巳明久先生と京大経営管理大学院,山内裕先生の類まれな「みまもる」力に大きく依存していることは確かなようです.
  「みまもる」とはそれぞれの人格を尊重する行為でもあります.本来は「密室の祈り」である”ANSHIN”を,社会に定着させるために,たとえば,私たちの活動で創りだされる商品やサービスの著作者人格権(人格的な権利や責任),その中でも特に氏名表示権(創作者であることを主張する権利と責任)を発案者たちが積極的に担って,商品やサービスが育っていく過程を画像と名前入りで公開していく方法論も模索しています.またたとえば,著作者人格権のうち同一性保持権や名誉声望保持権(責任)はブランドを保持する法人などが,著作権などの財産的な権利と責任は実用化する企業などが担うことによって,それぞれが創造人格,同一性,利潤に関わるそれぞれの責任を積極的に担っていく,顔が見える”ANSHIN”ブランドの形成のしくみが一つの方法論として設定できるのかもしれません.
  最後に副題名の”Since it is beautiful, it is truly useful”の説明を加えておきます.これは,サン=テグジュペリ(Antoine de Saint Exupéry)作の「星の王子様」(Le Petit Prince)の14章の中にある言葉の英語直訳です.1分間に1回転する小さな星の上で絶えず街灯をつけたり消したりしている点灯夫(lamplighter)の星をみて,星の王子様がつぶやいた以下の内容の部分からお借りしています.「この点灯夫もおかしな星にすんでいるなあ.けれども,王さまや,うぬぼれ屋や,実業家や,のんべえの星よりは,なんとなくほっとする.この人の仕事には,なにか意味があるにちがいない.街灯に明かりをつけると,星がひとつ生まれたように,花が一輪ぱっと咲いたように見えるし,街灯の明かりを消すと,花や星は眠りについてしまう.ああ,なんてきれいなんだろう.きれいだからこそ,ほんとうに役にたつ仕事なんだ.」(富田の勝手な意訳です)
  ”ANSHIN”プロジェクトに集まった学生たちの仕事は,それぞれの専門家から見ると,どこか自己満足的でそのままでは役に立たないように見えるのかもしれません.けれども,診察用の机にも,子供が一人で受診できる病院にも,ベッドサイドポシェットにも,弔いの道具にも,病院の図書館にも,子供の待合室にも,,これら実践に私は美を感じます.すでに王さまや,うぬぼれ屋や,実業家や,のんべえの星の住人である我々の仕事は,この実践が他の多くの人のそれぞれの実践に広がっていくのをみまもる「しくみ」を作っていくことなのではないかと思います.




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2014年01月31日

願いと祈りとの違い

  願いと祈りとの違い  
        富田直秀

  宗教が,なぜこうも争いの火種になるのだろうか,と海外のニュースを見聞きするたびに不思議に思う.日本の歴史の中でも,争いの影にはいつも宗教の姿があった.権力と宗教との関係云々の以前に,祈る行為と争いとが同じ日常の中にあることに違和感はないのだろうか.
  強い願いがあって,その願いが別の強い願いによって妨げられるならば,確かにそこには争いが生れるのだろう.心からほしい何かを取り合うならば,赤ん坊であっても,いや赤ん坊のように無垢であるからこそ時に残酷な争いが生じる.しかし,本来,祈りには目的がないのではあるまいか.祈りが目的を持ったならそれは願いではないか.こころの底からの強い願いを祈りと称しているところに,争いの源があるのではないだろうか.
  私は特定の宗教を持たないが,ここ数年の間に医療事故や初期乳がん等が次々と妻を襲い,いつの間にか祈りのような行動の習慣が身についている.無事を祈るのだが,しかし,無事は私の願いの目的であって,祈りの目的ではなかった.妻の病状が悪化して絶望が心を支配するにつれ,私の願いは少しずつ祈りに近づいていったように思う.結果的に妻は健康を取り戻したのだが,その奇跡が祈りの結果だった,などと言いたいのでは決してない.ただひたすら無心であったところにこそ祈りの意味があったように思う.
  どのような宗教でもその根本のところでは,この祈りの無目的性を唱えているのではあるまいか.それぞれの宗教の,それぞれの指導者が教えの歴史の中に祈りの無目的性を探し出すことができれば,宗教を争いから遠ざけることができるのではあるまいか.
  蛇足を続けるならば,かつて臨床医師であった私は,気力が,おそらく免疫系を介して感染症などの抑制に想像以上の効果をもたらす事実をいくつか見てきた.それと同時にいかに真摯な祈りであっても現実を変えることはできないことも目の前に見てきた.気力によって物事が好転する例があること,祈りによって物理法則までが変化して奇跡が生じるわけではないこと,そうして,祈りによって心の平安が得られること,それらが混同されて,宗教を司る者までが祈りに目的を付随させてしまう習慣を身につけてしまったのではないだろうか.気力による願いの成就という現象(おそらく,気力の免疫作用や,集中による効率化といった効果が影響しているのだろう)を祈りと混同してはいないだろうか.苦しむ妻の前で何もできなかった,というその絶対的な無力に祈りが生じた.この絶対無力の上に祈りが存在していること,だからこそ祈りは本来無目的であること.このことは,どのような宗教でもその長い歴史のどこかではかならず教えとして述べられているはずだ,と,私は科学者のはしくれとして確信する.それは,この祈りと願いとを区別して祈りを無目的とする姿勢が根底にあるからこそ,宗教と科学が,宗教と現実生活が,そうして,宗教と芸術とが調和をして今日まで共存してきたのだろうと考えるからだ.


posted by トミタ ナオヒデ at 09:57 | TrackBack(0) | 論文調の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月30日

奥行きを「み」る (医療工学の視点から)

(2013年度,京都市芸術大学テーマ演習「奥行きの感覚」(中ハシ克シゲ,重松あゆみ,小島徳朗)資料)


奥行きを「み」る
(医療工学の視点から)

                   京都大学工学研究科医療工学分野 
                    富田 直秀(tomita.naohide.5cアットマークkyoto-u.ac.jp)

  まず,私は一種の書痙であって,子供のころから字や絵などは大の苦手であった.中学時代の担任であった初老の教師は,長い職歴の中で私ほど字の汚い人に会ったことがない,と言った.意識的に制御しようとすればするほど私の手指から生まれ出てしまう「不良」の形や色が,この文章を読んでいただくための,まず第一の背景である.その私から見ると神様のような目と手指を有している芸術大学の先生や学生の方々が,その技術を否定したり,また時にはそれを「邪悪」などと言って悪ぶるのだから,上記のような背景を有する私は(少なくともこの文章の中では)徹底的にグレてやろうと思うのである.
  私はさらに病的な記憶力の悪さを有している.意味の流れの中に位置しない名詞を一切覚えることができない私は,頭の中に現実のシミュレーションのような機能を持っていて(これは実はだれにでもある機能なのだが),そのシミュレーションを過去に戻して記憶を補ったり,また時には未来にシフトさせて予測を行って,日々の生活をかろうじて支えている.記憶力の悪さは画像記憶にまで及んでいて,つい数秒前に見ていた画像も,懐かしい友の顔もすぐに忘れてしまう私は,やはりシミュレーションを過去に戻して画像を呼び起こしたり,また未来にシフトさせて構造の変化を予測しているように思う.スポーツ選手が一瞬先の予測像を無意識に「み」て素早い動作を実現しているように,おそらく,これも多かれ少なかれ誰にでも生じている現象であろうと思う.つまり,私たちが現実として「見」ているつもりの画像には過去や未来の予測像がある程度含まれているであろうこと.これが,この文章を読んでいただくための第二の背景である.
  さて,この文章を書きはじめた今日は,テーマ演習「奥行きの感覚」の先生・学生とともに豊田市美術館に,不思議な「奥行」を感じさせるジャコメッティの像を「み」に行ってきた.海外出張と国内出張に挟まれた一日を,しかも重要な研究費の応募締め切りを目前にして忙殺されているはずの時間を,ただぼんやりと「み」ることにすごしている私は,すでに相当に芸大時間に馴染んできている.この集団の中にいると,課せられた義務を忘れて存在に対峙することが,まったく異常ではなくむしろ自然に感じられる.そうして,工学部で鍛えられた脳みそ,つまり,漫然と存在するモノを座標に囲んで時間に分断して「理解」しようとする脳みそでは決してとらえることのできない表現,たとえば,「ここからみると違った世界が広がるけれども,こうみるとただのモノになってしまうでしょう?」といった言葉が,たしかな実感を伴って迫ってくる.工学部で使われる「見」るという動詞は,おおよそ3次元空間内に漫然と存在するモノを2次元に投影して脳に送り込む現象を表すが,ここでは,今,今,今,,と続く偶然の出会いの集積を全身で受け止める体験が,「み」る,であるらしい.
  工学は事実とその関係性を座標の中に描くことによって「理解」し,さらに設計という作業を経て機能を創造する.私が専門としている医療工学の世界では,ヒトが歩いたり喋ったり食べたり考えたりする現象を様々な座標の中で機能として「理解」する.歩く機能、喋る機能,考える機能,そうして生きている機能をどう定量化して,どのように技術で支えるのだろうか,といったことを考えている.そういった活動の一つ一つは真摯に進められているのだが,問題は,それらの活動が科学として座標の中で「理解」されればされるほど実感を離れ,技術に「私」が不在となり,その効果が他人事となってしまうところにある.私たちは病人や障害者を客観的に「見」ることはできても,その出会いを「み」ることができなくなってしまった.今日の私が,課せられた義務を忘れてジャコメッティの像の前にぼんやりと立ち,この不思議な存在感を「み」ることを学ぶのには,十分な言い訳があるのである.
  それでも,科学的な「理解」に洗脳されている私の脳は以下のように考えてしまう.たとえば,立体の正面像の輪郭線形状を「見」ただけで側面像の輪郭を言い当てることは原理的には不可能であるはずである.正面から見て円形であった像の側面像は四角でも三角でも無数の可能性がある.我々が,人の顔の正面輪郭像を見ただけでその側面輪郭像を相当に高い確率で言い当てることができるのは,おそらく,得られた二次元画像を記憶された顔の様々な立体像パターンにあてはめて認識する(パターン認識)を無意識に行っているのであろう.さらに前述の脳内の現実のシミュレーション像を立体視した情報とを結びつける一種の座標変換のトリックによってジャコメッティの像が創りだす奥行の感覚も理解することができるのかもしれない.しかし,それは「理解」しただけ,つまり座標に囲んで時間に分断してその関係性を心に描いただけのことであって,おそらくわたしたちが求めているのは,理解よりももっと実感を伴った納得であり,事実よりもさらに存在そのものに関わる真理なのだろう.
  グレた脳みそはさらにこう思うのである.理解のない誤解があることはまあ認めよう.しかし,そもそも誤解のない理解などあるのだろうか.理解と誤解とは独立に存在するのではなく,理解は誤解の中に包含されていると,私は思うのである.私がかつて臨床医であったころ,病に倒れ,自身の行為を自己決定できず,周囲との関係性を断たれ,さらに死を意識した人たちに対して,私たちは患者の機能回復を目的として行動した.その努力は医学的な理解に従って行われたが,別の視点から見ると医学はヒトの存在に関わるとても大きな誤解の上に成立しているのかもしれない.たとえば,命の長さだけではなく命の深さを考えるような「奥行」の概念は,医学が持つ科学的な座標の中だけでは表現され得ない(著者ブログ(http://tomitaken.seesaa.net/)2013年07月27日「なぜ,医療にアート・デザインが必要なのか」参照).検査技術の発達やエビデンスの確認によって身体機能は以前よりも正確に「見」えるようになってきたが,患者の棲むリアリティの世界をしっかりと「み」(看,観,診,,,,)ているか否かは,まったく別の次元の話である.
  ずいぶんと脱線してしまったようだが,要するに,神様のような目と手指を有している芸術大学の先生や学生の方々が,その技術を否定したり,また時にはそれを「邪悪」などと言って悪ぶるように,患者から見ると神様のような技術を持った医師たちも,また設計能力に優れたエンジニアも根本的な疑問の目で技術と機能という視点を疑ったり,また時には「邪悪」などと言って悪ぶる必要があるのだと思う.私がこのテーマ演習「奥行きの感覚」に参加させていただき,ジャコメッティの像など様々な作品に対峙し,多くの先生方や学生と時間を共有して「奥行き」を知ることの意味は,単にその感覚のメカニズムを理解するためだけではない.正確に理解すればするほどとてつもない孤独の中にある「私」が,モノを介して自他の渾然とした「私」と出合うことができる奇跡(在り難さ)を知る,そうして,真のリアリティとは何か,といった問いに向かう一つの道筋が,この出会いの中に見つかるような気がしているのだ.


P.S.:2013年10月27日にここまでの原稿を擱筆したのだが,その後の経過もお話しておかなければならない.久しぶりにテーマ演習に参加すると,中ハシ克シゲ先生と小島徳朗先生がお互いをモデルとして試験的に粘土を造形する現場とその生の作品に出合うことができた.その時に,私の目の前に現存していた強い存在性は,私の立脚する(工学的な?)リアリティを揺るがして今に至っている.私たちが「事実」を確かめるために用いる科学的認知は線条性linearity,つまり,逐次情報を感知して頭の中に論理的に積み上げることによって構築されている.その世界では,たとえば同時を同時として観察することは不可能である.現示性presentness,つまり,全体を同時に直感的に把握することのリアリティを,私たちはもっと重視しなければならないのではないだろうか.「長い文章を書くとね,創作ができるようになるまで相当に苦労をするんですよ」と中ハシ先生は言われる.おそらく,線条性を離れて現示性のリアリティを「み」るのは,私が考えているほどにたやすいことではないのだろう.テーマ演習「奥行きの感覚」は,言語的表現と科学的認知の線条性に頭の先まで浸かって生活をしている現代人が,現示性のリアリティを「み」ることの難しさと重要性とを,私に語っている.






                            
posted by トミタ ナオヒデ at 17:45 | TrackBack(0) | 論文調の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やりたいことをやらなければならないことにする

「やりたいことをやらなければならないことにする」
(京都大学フィールドホッケー部部誌,原稿)

部長 富田 直秀
(工学研究科医療工学分野)

  研究室が桂に移ってからは,練習を遠くから垣間見る機会も全くなくなってしまい,OBの方々からのメールで,かろうじて様子を知るのみとなってしまいました.私などが見ていて何が変わるわけでもないのですが,すでに若くはないからでしょうか,勝利の後でも不本意な敗北の後でも変わらず元気に練習をしている姿を見ていたい気がします.
  勝利,合格,受賞,,といった「実」の成果を得るためには,やりたくなくともやらねばならない場面もあります.けれども,こつこつと「質」の高い創造を行う現場では,「やりたいこと」と「やらなければならないこと」が自然に一致しているように思います.最近,仕事の関係で桂にある京都市立芸術大学に頻繁に脚を運ぶようになったのですが,ここの学生や先生方に接していて驚愕するのは,「やりたいこと」と「やらなければならないこと」の一致が実に自然であることです.やりたいことがやらなければならないことであるような一生を過ごす人は,芸術家であってもごく一部なのでしょうが,しかし少なくともここには「いったい自分は何がやりたいのだろうか」という徹底的な問いかけがあります.
  フィールドホッケー部が「実」としての勝利を目指すことは当然ですが,同時に,フェアであること,独善的ではないこと,誰も虐げられていないこと,,といった「質」の高さを維持するためには,部員のそれぞれの「やりたいこと」が「やらなければならないこと」と一致しているのがまず基本であると思います.もちろん,そのためには個人それぞれの自己への問いかけとともに,それなりの社会の成熟が必要だと思います.
便利で豊かになった現代においても,依然としてやりたいことができずに苦しんでいる多くの人がいる一番の理由は,実は,何をしたいのかが見失われているからではないでしょうか?少なくとも先進国における貧しさは,物質ではなくモチベーションの欠如にその源があるように思います.私が,勝利の後でも不本意な敗北の後でも変わらず元気に練習をしている部員の姿を見つめていたいのは,それが「実」のみならず「質」的な発展を目指す日本の象徴であるように感じるからかもしれません.




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2013年09月28日

行動優先順位

できるや否やはなはだ不如意ではあるが,本日より以下の行動優先順位を定める.

○優先順位
1.その場所でできる掃除
2.その場所でできる創造
3.移動(脚を使う)
(2013年9月28日より,富田直秀)

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2013年07月30日

行政施策への意見「医師同士が自主的・良識的に無駄を規制し合う体制 」

今月の行政モニター

「革新的な医療技術の早期実用化を促進するのだという.医療技術開発者である私にとっては願ってもない朗報である.しかし「無駄な医療」が減少しなければ,新しい技術の事業化は医療経済を崩壊させる.「無駄な医療」とは客観的には定め難く,なによりも現場の医師同士が無駄を規制し合う体制が不可欠だろう.医療現場では,だれよりも患者自身が過剰と思われる医療を求める場面が多く,それを諌めるのが医師だからだ.医師の良識が求められるその一方において,保険医療の締め付けと利潤確保の駆け引きの中で,狡くなければ生き残れない悪循環も医療現場には生じている.客観的基準による医療内容の規制も必要だが,かえって狡さをはびこらせ良心的な医療を後退させる諸刃の剣ともなっている.繰り返すが,現場の医師同士が自主的・良識的に無駄を規制し合う体制がないままに医療が拡大するならば,医療ばかりではなく日本も崩壊するのではあるまいか.」

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2013年07月27日

なぜ,医療にアート・デザインが必要なのか

           なぜ,医療にアート・デザインが必要なのか 

                            
                      京都大学工学研究科,医療工学分野
                        富田 直秀

  最近の私は医工学の研究仲間よりもデザインやアートの世界の人たちと頻繁に交流を続けている.現代の医工学研究の方向性だけでは,どこか納得のいかないものを感じているからだ.工学設計の本質は仕様に表された目的機能を達成するための機械的な「行為」だが,デザイナー・アーティストの仕事には,どこか「私が私である」ことの「仕草」や「有様」が含まれている.そうして,医療においては,命を長らえたり便利に快適に暮らしたりする機能よりも,まず「私が私である」という「仕草」や「有様」が考慮されなければならないと思う.病に倒れ,自身の行為を自己決定できず,周囲との関係性を断たれ,さらに死を意識したときに,人は身体の機能のみならず「私が私である」という自己を見失うのではないだろうか.医療現場で出会った人たちの多くは,それまで当たり前であった「私」が当たり前ではなくなってしまい,「私」という仕草や有様を探して彷徨っていたように思う.医療現場には,機能回復のための医学のみならず,「私」という仕草や有様を扱うデザインやアートの視点が必要であると切に思う.(行為(acte)と,仕草(geste)または有様の違いに関しては,(注)をご覧ください)
  もちろん,医学に工学設計の概念と手法が必要不可欠であることには何の異論もないし,また現に私の仕事の大部分は工学設計を基礎としている.工学は機能回復のための様々な技術を生み出しており,その技術は医学の中においても中心的な役割を演じつつある.しかし,医療現場ではそれぞれの患者が「私である」ための一つの手段として機能回復技術を用いているのであって,機能回復が最終目的なのではない点を誤解してはいけない.たとえば,ナースコールを頻繁に押す患者が必要としているのは,まず根本的に「私が私である」という有様の回復であって,眠剤や鎮痛剤の処方や監視モニターや自動介護装置は,そのための手段の一つにすぎない.検査や治療といった異次元の体験に,私たちはどのような仕草や有様で対峙するのだろう.文字で説明される原理や合理性のみならず,形や色や物音にも大きな役割が与えられる.治療が「安全」であることももちろん大切だが,100%の安全が不可能である中でいかにヒトが安心でいられるかはアートの問題である.失われた機能を補う最先端の医療機器や医療技術があって,その後にデザインやアートが考慮されるのではなく,医療現場ではそれぞれの私が私として生きるための有様がどのように崩されていて,それがどのように回復するのだろうか,と考えるところから技術開発は始まらなければならない.現場に脚を運ばずに,仕様に書き下された機能を目的として開発が始まり,書き下された設計解によって技術が作られるのではなく,設計の前に,そうして設計と共に,自己存在そのものに働きかけるデザインやアートの視点が加わらなければ,医療技術は人の生活に中に活きてこない.デザインやアートの視点とは,まず現場に脚を運び,そこにある様々な仕草や有様を直接に実感として感じ取ることでもある.
  京都市立芸術大学ビジュアルデザイン科では,3年ほど前から医療の現場が潜在的に抱える問題を発見し,その解決のためのモノやサービスをデザインするProblem Based Lerning 「病院のデザイン」を学部生の授業として行っている.大学近くに住むある老人が芸大ビジュアルデザイン科の辰巳教授のもとを訪れて,病院で使われているピルボックス(いつどの薬を飲むかを指示した薬のケース)を示して,こんなわかりにくいモノが今も使われている,デザインの力でなんとかできないだろうか,と訴えたところからこの活動が始まったらしい.「何の解答も出せないまま老人は亡くなってしまいました」と辰巳先生は言われるが,「病院のデザイン」でこれまでに発案されたアイデアの数々(ベット横に置く小物入れ,患者説明シート,子供の注射補助,患者への説明システム,小児待合室デザイン,生活支援グッヅとその販売システム,などなど,,)は,「私が私であること」を患者が取り戻すための具体性の宝庫だった.誤解を恐れず言うならば,国がここ十数年の間に何兆円もの経費をかけて進めてきた医療分野における技術革新を,ある意味において凌駕していると私は思っている.これまでの研究開発努力が機能回復を目的とする医学として頓珍漢であるわけではない,ただ,それらの開発の多くが言葉に表された要求機能を目的としていて,その中心にある患者の生活と自己存在性が製品やサービスの対象から排除(Exclude) されがちであったところに問題があるのだと思う.
  対話や観察から得た気づきをもとに開発を行うこのインクルーシブデザイン(Inclusive design) は世界でも少しずつ広がりつつあるが,方法論として二つの問題をかかえている.一方は,「みる」能力の欠如である.私たちは本当に病人を,障害者を「みて」いるだろうか.ちらりと形を見て,機能不全をかわいそうと思い,それを形式として理解していないだろうか.インクルーシブデザインの多くが芸術大学で行われている理由もここにある.芸術大学では徹底的に「みる」ことの訓練から始まる.直接的に経験し,主と客とが無分のところで「みる」ことで初めて,形式と内容の共存が可能になるからだ.「病院のデザイン」には今年から京大側の大学院生も参加させていただいているのだが,フレームワークを定めずに,つまり,目的を定めずに現場に行って,そこにある生活を「みる」力そうして,生活をデザインする力において,我々は終始圧倒されていた.もう一方の問題は,生まれ出たアイデアは「だれが」デザインをしたもので,「何が」特徴であって,今までの技術とどこが異なるのかを記述することがとても難しいことだ.ボランティア活動などの自主的に行われる活動の中で活かされるアイデアの場合にはそれがいちいち記述される必要はないが,持続的に役に立つ仕組み(事業)となるためには技術の明確化と記述が必要となる.特に医療現場で行われる活動には人の命にかかわる責任が伴うため,ある程度の利益と独占性が保証されなければなかなか持続性が得られない.医療現場の特殊性の説明は難しいのだが,極論を言うならば,命の長さよりも命の深さを優先させる概念は,現在の日本の医療システムの中ではまだ公認されていない.医師法によって医師のみに医業が許されており,生命維持や機能回復にかかわる責任が医師に集中していること,チーム医療システムの浸透度の低さ,日本の医療文化,などなど様々な要因が重なって,機能回復への貢献がエビデンスとして明白に記述される技術が優先して事業化されてきた.逆に,たとえ医療スタッフや患者が生活の質の改善を実感する技術やアイデアがあったとしても,ほんの少しでも機能回復治療を阻害する可能性のある行為は回避される傾向にあった.その大きなギャップを乗り越えて,生活の質を優先させる技術が持続的に医療システムの中に生き続けるためには,特有の専門的な知識と配慮を必要とする.現行の医療システムの中で,ああいいね,と実感を得る技術が持続的に運用されるためには,医療現場を熟知した専門家による事業化が欠かせず,そのために技術の明確化と知的財産化はとても大切な方法論となる.京都市芸大と京大の共同授業「病院のデザイン」では,「みる」ことに長けた芸大生と,「記述」に長けた京大生が,いかに相手を尊重し,吸収し合い,与え合っていけるかがカギとなっている.まず現場に脚を運んで「実感」をしっかりと捉え,そこで得られた気づきを実例画像やメタファーなども含めた様々な方法で提示し,アイデアを整理し,さらにその中からポイントとなる概念を明確に洗い出して記述し,試作し,最後にはまた実感に戻る,といった繰り返しが必要なのだろう.そうしてこれは,単にものつくりのための方法論にとどまらず,真の豊かさとは何か,生命とは何か,といった根本問題への問い直しを行うことにもなっているのだろうと思う.
繰り返すが,命の長さよりも命の深さを優先させる概念は,現在の日本の医療システムの中ではまだ公認されていない.医療分野におけるアートやデザインの視点とは,医師という個人だけではなく,社会全体が命の長さよりも命の深さを優先させることの責任を担いながら生きることの「質」を考えていく動きでもある.小澤竹俊(臨床看護,vol.30, no.7, 1023-1126,2004)によれば,自己存在には,自分の意志で生き自己決定できる「自律存在」,明日の自分を想像し過去を引き受け未来を展望できる「時間存在」,そうして,支えとなる関係がある「関係存在」の三つの意味があるのだという.医学が提供する機能回復技術は,これらの自己存在を回復させるための有力な一手段であって,機能回復自体が医療の目的ではないことの理解が大切であると思う.

  ところで,ここまでデザインとアートとを一緒くたに述べてきたが,両者の間の違いに関しては,私はまだはっきりと区別ができているわけではない.ここまで述べてきたように,機能を対象としているエンジニアから見ると,生活そのものを対象として扱うことのできるデザイナーはアーティストであるとおもえる.ただ,高い技術を有しながら,その技術を邪悪と感じ,技術から逃れようとする場面が,いわゆるアーティストと分類される人たちには多いように思う.技術には(自然に見せる)とか(すっきりさせる)といったような目的が不可避に付随するが,その目的性に形式・内容分離の欺瞞を感じ取るからだろうか,また創造する自分を客観的に観察する職業的なメタ認知をたいていのアーティストが身につけているが,その客観性に主客分離した邪念のような感覚を感じ取るのだろうか.エンジニアとアーティストとの共同作業の難しさの一因に,なかなか目的を設定することのできないもどかしさがあるが,形式に内容が内在するアートに本来目的はないのだろう.そうして,目的に向かう「行為」ではなく,存在そのものに働きかける「仕草」や「有様」を表現するからこそ,アートは誰にとっても重要なのだろうと思う.たとえば,一枚の絵が,一つのアイデアが,万人のそれぞれの生きる「仕草」や「有様」に働きかけることが可能ならば,何兆円もの国家プロジェクトを凌駕する力を持つのだと思う.



(注):行為(acte)と仕草(geste)または有様の違い.
  行為は客観的な空間の中で対象化されるが,仕草,有様とは受け取る側の内面で定義される.サルトルによれば,「存在するためになし遂げられる行為は,もはや行為(acte)ではなく仕草(geste)である」のだという.このサルトルの表現した仕草と,ここで言う仕草や有様との整合性には未だ確信を得ていないのだが,私の解釈によれば,サルトルの言う仕草は動きだけではなく,様子やたたずまいといった有様もあらわしていて,たとえば,植物やモノにも仕草を感じることがあるが,それは植物やモノではなく,あくまで「みる」側の自己存在に関わっている.
  「私が私である」ことが当たり前であるとして私たちは日常生活を営んでいるが,前述のように,疲労や病気の状況に陥ると私たちは自己存在が当然ではないことを思い出すのだと思う.魚住洋一氏(他者の現象学U(哲学と精神医学の間)中の「毀(こわ)れものとしても<私>」-自己意識の政治学のために-)の言を借りるならば,「私が私である」ために,わたしたちはニセの自分になりきるという<自己欺瞞>を代償として支払わなければならない.そういった無意識の自己欺瞞の上に,私たちの日常生活が成り立っている.以前私は,アートにはどこか絶望的なものを感じる,と述べたが,その絶望とは暗く陰湿で解決法の無い客観的な状態を指すのではなく,「私が私である」という仕草や有様を求めて彷徨っている状況を意味している.医療においては,患者の行為を客観的に観察する視点と,患者の立場となってその仕草や有様を感じ取る感性の双方が求められる.後者は単に感情の問題ではなく,感じ取る側も「私が私である」ことが当たり前ではない彷徨いがあって,まったく別々の彷徨いが偶然に出会うような状況であり,私はそれをアートと称している.
  蛇足だが,この定義に従うならば,たとえ目標に向かう計算された行為を行っている人であっても,その動機が自己存在のための仕草であると感じることができたとき,私はその人にアートを感じる.これはあくまでそれぞれの「私」の出会いの問題であって,仕草や有様は客観的に捉えられず,よってアートも客観評価され得ず,また,本質的にはアートは対象化さえ不可能なのではあるまいか.


posted by トミタ ナオヒデ at 19:14 | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月26日

無知と厚顔

  ちょっと聞き知っただけですぐに知ったかぶりをする私のこの無知と厚顔は,ああ,いったいどうすればいいのだろうか.先日は,京都市芸大の授業「奥行」で,こともあろうに,現象学を専門とされている魚住先生の前で,現象学の紹介をしてしまった.精神科の立場から共感や実感を重視された木村敏氏の「私的な間主観性」をちょっと読みかじって,だから論理的な検証を行う検証空間とともに,共感や実感を基礎とした創造的な空間があるのだ,などと,創造空間という私の勝手な造語にお墨付きを与えようとしてしまった.魚住先生は,(おそらくあきれられて,しかし,私の立場を慮ってか)「暗喩的な表現ですね」と,やわらかく評された.
  その魚住先生が,ご退職を前に,研究室の本の整理をされているのだという.そうして,絶版となって今は手に入らないという「他者の現象学U(哲学と臨床医学の間)」を,昨日,私に下さった.顔から火が出る,本来はそうなのだろう.しかし,その心もちは私の無知と厚顔に押しつぶされている.法然の専修念仏を聞きかじって自身の不節操の言い訳にしている生臭坊主のような,そんな無知と厚顔が私にはあって,この本に書かれているような,こつこつと積み上げられたまじめな何かを,私は蹂躙している.
posted by トミタ ナオヒデ at 02:29 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

私は害虫

 列車の窓からぼっと駅を眺めていると,職員さんが灰皿の掃除をしていた.駅のホームにある背の高い灰皿箱を開けると,下からは水の入ったペットボトルが出てきて,その水で灰皿を洗い,ビニールの袋に流し込む.なるほど,これなら重い洗浄水を持ち歩かなくても,時々あの水を補給してやればいいわけだ.
  もし,1年間を1分くらいに編集して映画を編集するとする.そうして,世の中から大学教授をなくしてみたら何が変わるだろうか.医者は?,政治家は?,,と考えていくと,もちろん,いろいろな状況があるだろうけれども,掃除をする人の世の中への貢献は計り知れないものがある.医者や政治家や,,がいなくなっても世の中はそう変わりしないが,掃除をする人がいなくなれば,世はあっという間にごみに囲まれる.掃除は,循環によって存在しているイキモノや社会が持続性を獲得するための,まさに要の作業だといっても大げさではない.白状するならば,私は新しいことを考え実行することに喜びを感じる一方で,掃除という作業を面倒に感じている.私のような人間は,この早回し映画で見ると,秩序ある人間社会を食い荒らす害虫のような存在だろう.
ここで話をやめてこれを結論とするのは悔しいが,事実だから仕方がない.
posted by トミタ ナオヒデ at 10:04 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

科学技術政策,,,

  政策モニターに登録していて,政策に関する意見を400字以内にまとめて月に一回程度内閣府に送る.一人でブツブツ文句を言っているよりは健康に良かろう,などと思って始めたのだが,書いてみると,我ながらどこか胡散臭くて,どにかく居心地が悪いのだ.

五月提出題名:科学技術政策に求められる「みる」力
本文:某製鉄会社に就職した学生の言です:「中卒高卒の人たちが責任をもって技術の核心「質」を維持している.紙に書かれた技術は海外に盗まれても,人を育てるシステムは今も日本を支えている,と実感する.」思えば,こうして日本を支えてきた人たちは,名を残さず,不況時には真っ先に首を切られてきたのではないでしょうか.日本の科学技術政策の成果は素晴らしいとは思いますが,紙に書かれた情報に翻弄されている一面もあると思います.名もない誠意ある仕事を「脚を使って」探し出す活動が必要であるように思います.ただし,情緒的な技術把握は様々な欺瞞・利害・価値観の対立を科学技術の世界に持ち込むパンドラの箱でもあります.正確な科学知識とともに,人と人,人とモノとの関係性を「みる」力,そうしてそれを政策に実現する実行力が科学技術政策に求められていると思います.

  要するに,文章や業績などのデーターばかりに翻弄されてお金をばら撒いてちゃいけねえよ,と言いたいのだが,「人と人,人とモノとの関係性を「みる」力が必要」と言っただけでは,いったい何を言いたいのか伝わっていない.どうすればいいか,という具体的な発案がない.我ながら自分を棚に上げて勝手なことを書くものだと思う.先日も,学生たちと来年の卒論テーマを話し合っていて,「問題解決のための道筋(ストーリー)と,何らかの最適化設計要素がなければ工学研究にならんだろう」などと偉そうに言う.後で学生がトコトコと寄ってきて「先生はどんなストーリーと最適化設計を経て○○を開発したんですか?」と聞かれると,そ,それはね,,と頭を掻く.
  本心を言えば,最初からストーリーと最適化設計ばかりにこだわっていたら,新しい技術など育ってこないのだ.もちろん,土台としての基礎は絶対に必要だが,プラモデル作りのようなここほれわんわん研究は教育としては成り立っても,本当の技術開発にはなり得ない.頭の中だけで練られた設計がうまくいくほど現実は甘くない.根底を覆すような基礎理論を土台とする技術は別だが,たいていの技術開発の肝の部分は,五感六感と脚を使い,手探りでこつこつと創りだされている.データを見て予測するよりも,関係性を「みて」方向性を感じ取る野生が創造性の根本にはある.合理的な検証力も大切だが,それが生かされるのは,創造性を管理しようと考えたり,おおかたの創造が終わって自慢話を記述する時だろう.要するに今の大学は合理的な検証力ばかりを教えていて,創造性の核心には触れていない.(いつか述べようと思うが,芸術大学は,今も創造性を念頭に置いた教育をしているように思う)
  私の話の胡散臭さは,現在の私が創造性の根本となる不安定で不安で妄想に満ちたところを避けて自慢話ばかりをしているところだろう.本当に創造的な活動しているとき,人は多くを語らない.日本の科学・技術政策も然りではないだろうか.自慢話ばかりが飛び交っていて,どこか胡散臭く,どこか居心地が悪い.
posted by トミタ ナオヒデ at 08:41 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

京都大学

  大学院の修了証書授与式の後に謝恩会(のようなパーティ)が開催された.その中で,昨年退職され,今は同窓会長を勤められているMAT先生と,今年ご退職予定のMAK先生のお二人のお話が好対照で特に印象的だった.MAT先生は,グローバル社会の中で世界の優れた人達と競い合っていくためにも,また個人的な悩みを解決していく上においても人脈を持っておくことが大切である,と述べ.その人脈が持続的であるためには教えてもらうだけではなくgive and takeの関係性が大切だ,と語られた.またMAK先生は,縦軸に能力達成のような量,横軸に年齢を対数目盛にしてグラフを描いてみる,と話を始められた.たとえば,横軸は1〜10歳と10歳から100歳が同じ長さとなるように目盛ってみると,幼児や若い人のその一つ一つの能力の向上がいかにすばらしいものであるか,を語られた.MAT先生が仕事や結婚など,学生のすぐ目の前にある心配事を例として挙げたのに対して,MAK先生は赤ん坊が立ち上がるということがいかにすごいことか,を例に淡々と述べられた.MAT先生が人生にはっきりとした目標と目標に向かう方法論を明示されたのに対して,MAK先生は多様な人生のサビのようなところを語られたように思う.私の偏った視点から見ると,MAT先生は「実」を中心に,MAK先生は「質」を中心に語られたように感じたのだが,それはまあ,どうにでも解釈できるのだろう.面白いのは,同じ機械系の中にも実に様々な価値観の人が混在していて,お互いに迎合するでもなく反目するでもなく,うまく棲み分けているところだ.上に紹介したおふたりの言葉は,それぞれの人生の基軸を最後まで曲げずに貫かれた結果でもあるのだと思う.これは,一般社会ではそう簡単なことではない(もちろん,お二人ともまだ「最後」に至っているわけではないが).
  そもそも,誰もが心の奥底にその人だけの強いこだわり(芸術を語るときには「絶望」と訳すが)を秘めていて,たいていそのこだわりは人に理解されない.理解されなくとも安易に迎合せず,人のこだわりも(とやかく言いはするが)尊重するところに,京都大学の真骨頂がある.一色には染まらないのだ.京都大学は自由を尊重する,とよく言われるが,それは英語の freedom ではなく,それぞれが自らに由る,ところの「自由」だろう.行動の自由度が高いのではなく,行動に自主性が求められている.安易にそれが心地よいとは言わない.自らに由ることの,迎合しないことの厳しさも十二分にあるのだ.京大で思春期を過ごした若者たちには,安楽な生活が提示されているわけではなく,辛くともどこか小気味良い生き方が提示されているのだと思う.
posted by トミタ ナオヒデ at 21:31 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

(目に見えない)悪循環をターゲットとする

  イキモノや社会の関わる問題の多くは悪循環に起因する.ここで詳しくは述べないが,例えば,痛みの悪循環,貧困の悪循環,廃用症候群の悪循環,,,などなど,悪循環の名称が付けられた現象だけでも数多く知られている.そうしてたいていの場合は,痛み,貧困,廃用変化,,といった悪循環の中心となる現象がその問題解決のためのターゲットとなっている.しかし,本当に痛み,貧困,廃用変化,,といった現象への対処が悪循環への根本対策なのだろうか?
  最近,耳鼻科分野での興味深い話を聞いた.有効な治療方法が確立しておらず,未だに多くの人が苦しんでいる(長期に続く)耳鳴りの治療に対して,音が聞こえる,という現象のみではなく,その悪循環全体をターゲットとした治療システムが発達しつつあるという.長期の耳鳴りの場合,耳鳴りが不快と認識され,その不快のために頭の中にその音を強く意識する現象が発生し,その現象がストレスを招き,そのストレスがさらに耳鳴りに対する不快感を深める,という悪循環の存在があるという.夜間のように,悪循環を遮断する刺激の少ない時には,不眠,精神的緊迫などのためにさらに悪循環が生じやすいらしい.たとえば,TRT(Tinnitus Retraining Therapy)では,この悪循環を壊すために,別の音をかぶせて耳鳴りに気が向かないようにする音響療法や,悪循環の回路を理解するカウンセリングなどが行われている,という.つまり,「音が聞こえる」という現象をターゲットにするのではなく,目に見えない心理作用を含めた悪循環回路全体への理解と対処をおこなう治療システムであるらしい.まだその治療現場を取材したわけではないので,あくまで聞き知った知識として把握しているだけだが,心理,聴覚,看護などの様々な要素が多様に絡んだ悪循環に対応できる多分野横断型のシステムが成立しつつあるのではないだろうか,と想像している.
  悪循環の中心となる現象のみではなく,悪循環回路全体をターゲットとするシステムの構築は,言葉で言うのは簡単でも,実際にはとても大きな問題を含んでいる.たとえば,整形外科分野では痛みの悪循環への対処が重要だが,ただ単に「痛みと友達になりましょう」などと,その痛みの渦中にない者が言葉で説明するだけではかえって不信を招いてしまう.現実の痛みに苦しんでいる患者にとっては,やはり痛みという現象の消滅が治療に求める第一の効果だからだ.最近では少量のオピオイド(麻薬の仲間)を含んだ様々な製剤が広く使用されつつある.もちろんその適応には厳しい基準があるが,それらの優れた除痛効果がエビデンスとして定量的に示されやすいだけに,かえって危惧も感じざるを得ない.痛みは,正常な身体異能を維持させるための大切な感覚でもあるので,除痛のための強力なツールをしっかりとコントロールして使うのはそう簡単なことではない.治療者は,「痛み」という現象だけに振り回されずに,目には見えにくい悪循環全体を見据えていなければならないだろう.
  私自身の例をお話しよう.先日の腰痛発作で,動作のたびに全身を貫いていた激痛は,神経根症状と思われる右臀部の疼痛に変化して,今も残存している.たとえ痛みは鈍痛となっても,常に痛みの中で暮らしていると,時に,居ても立ってもいられない焦燥となることがある.おそらく,この痛みとは長い付き合いになるのだろう,と(一応専門家としては)観念しているのだが.一方では,やや楽観しているところもある.こういった神経根性の痛みとの付き合いは,これが初めてではなく,20代の後半に剣道の練習中に受けた外傷から頚椎症を患い,その時には左肩から親指にいたる逃げ場のないしびれと痛みに苦しんだことがある.その症状自体は今も消えてはいないのだが,私の脳は上手にこの症状を隠しているらしく,このように思い出した時にだけ,左腕のしびれと痛みが襲ってくる.おそらく,この臀部の痛みもいつか同じように「忘れる」ことになるのだろう.
  この「忘れる」または「痛みと友達になる」という目に見えないあやふやな結果は,それをエビデンスとして定量評価するのがとてもむつかしい.先に紹介した耳鳴りの治療では,耳鳴の苦痛度及び生活障害度としてTHI(Tinnitus Handicap Inventory)が提案されており,さらに一般的な尺度としては様々なQOL(Quality of Life)評価も存在するのだが,それらの多くは暗示や先に述べたオピオイドを含んだ製剤でも改善してしまう.たとえば,同じような障害を受けても交通事故などでは長くその症状が消えないことが多いのだが,以前に整形外科医をしていた私の実感としては,わざと症状を訴えている場合はむしろ少ないように思う.心理作用も加わった痛みの悪循環が患者本人を相当に苦しめていたように思い出す.そうして,愁訴を根気強く聞いてあげることと,抗不安薬などの投与くらいしかなすすべがなかった例も多い.
  東北震災時のブログにも書いたが,社会的にも,こういった心理作用も加わった逃げ場のない苦しみの悪循環が日本の各所で生じているのではないだろうか.痛み,貧困,,のような悪循環の中心となる現象のみをターゲットとするのではなく,悪循環回路全体をターゲットとした科学的な対策方法が,つまり,心理やコミュニケーションなどの見えない対象を扱う専門家と,エビデンスとして見える現象を扱う専門家とがチームとなり,多様に絡んだ悪循環に対処するシステムとその構築理論が,イキモノや社会に関わる問題解決のための科学的方法論として求められている.集学的なシステム構築のポイントは,その効果の評価方法の構築であろうと思う.エビデンスとして評価できなければ,様々な胡散臭い方法論の巣窟となってしまうからだ.

(TRT療法の説明では,名古屋第一赤十字病院耳鼻咽喉科,柘植勇人氏のHP(http://www.nagoya-1st.jrc.or.jp/3/library/trt.html)を参考とさせていただきました)


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2013年02月03日

目に見えない絶望

  外から見ることのできない絶望というのは,とことん目に見えず,また他人に理解されることもないのだと思う.先日,性同一性障害の人とお話をさせていただく機会があった.その人の持つ絶望は,どう言葉で表現しても理解されないのだろうと思う.その人に限らず,誰もがそれぞれの「目に見えない絶望」を抱えていて,お互いの絶望が共鳴し合うことはあっても,理解し合うわけではない.この目に見えない絶望が,芸術という活動の胆のところにあるのだと,私は勝手に決め付けている.
  2年ほど前に,藤浩志という芸術家の講演を聞いたことがある.彼は,鴨川に鯉のぼりを流したり、地面にお米を敷きつめたり,そのお米から無数のカエルを作ったり,ペットボトルをつなげてドレスを作ってファッションショーをしたり,いらなくなったおもちゃを交換する催しを主催したり,,とにかく,これまでの芸術家というイメージからは外れた活動をしている.それでも彼が芸術家であるのは,彼が芸術家としての基礎を身につけているからであり,芸術家であると社会から認められているからだろうが,私にとっては,何よりも藤浩志の活動や作品の中に漂っている目に見えない絶望の匂いが彼を芸術家たらしめているように思う.   「暗い」ということでは決してない.「目に見えない絶望」は,時として,はた目にはかえって明るくひょうきんでもある.たとえば,身体の病気やいじめや差別といった目に見える絶望が,逃れようとしても逃れることのできない暗さを有しているのに対して,目に見えない絶望は逃れようとすること自体がおかしいほどに,その絶望が自分自身の内面の姿そのものでもある.夕日や星を見て,ああきれいだ,と感じているのは私ではなく私の絶望なのかもしれない.
  いかに感動的な作品であっても,作者の絶望の匂いが感じられなければ,それは芸術ではなく感動を目標としたデザインであると,私は決め付けている.藤浩志の持っているかもしれない目に見えない絶望を私は全く理解していないが,私だけではなく多くの人と共鳴し合う,個性の根源のような絶望が,芸術家としての彼の中にはあるのだろう.ゴッホの風景画,ショパンのプレリュード,竹久夢二の黒船屋,,,,,それらの作品が私に新鮮な出会いを感じさせるのは,彼らが感動を仕様としたデザイナーである以前に芸術家であるからだろうし,それは私の思い込みによれば,それぞれの目に見えない絶望が,私のそれとどこかで共鳴しているからなのだろうと思う.
  ところで,その性同一性障害の方が,本来の自分にはふさわしくないその乳房を切り取る手術を計画しているのだという.芸術分野に進んでいるという,自分の子どもくらいの年齢のその人に,私は初期乳がんを患った妻の話やら,そもそも自分とは何か,などとピント外れな話をしてそれに反対した.あれからもいろいろと考え続けているのだが,そうしてその結果としてこの文章を書いているのだが,私の目に見えていないその人の絶望は,その人にとっては厳然とそこに見えているのだから,その対象を取り除こうとするのはむしろ自然の流れなのかもしれない.ただ,手術の是非どうのこうのといったことではなく,外から見ることのできない,決して他人に理解されない「目に見えない絶望」が,一方では多くの人と共鳴し合い,それがその人のとても貴重な個性とモチベーションを形作る可能性もあるのだ,と私は信じている.


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2013年01月20日

自分でパンツをはきかえる

  先日の朝.泊まりがけで研究室の引越し後の整理をしていて,ひょいと荷物を持った拍子にぎっくり腰になってしまった.数年に一度の定例行事ではあるのだが,今回は起き上がることもままならない,けっこうな重症例だ.ぶざまな姿で研究室に転がりながら,いやこれもチャンスなのかもしれない,と,周囲のモノたちとぎっくり腰を患った自分との関係性をじっくりと観察した.
  まず,やはりモノは整理整頓しておかなければこんな時にどうしようのない.ちょっとした邪魔モノをよけるのにも激痛が走る.部屋が整頓されていなければどこにも移動できず,何も取り出せないのだ.床を横切る一本の配線が大障害になる.床や机の汚れはそのまま衣服に付着する.やっと椅子に座れるようになってから重宝したのは,キャスター付きで背もたれのあるシンプルな椅子だった.高さや背もたれの角度を自由に調節できる高機能椅子は,とにかく重くて場ふさぎで不自由だった.トイレには頑丈な手すりが設置してあるのだが,一番手が届きやすい便利な場所にトイレットペーパーがあって邪魔をしている.このトイレットペーパーの取り付け具を丈夫にして体重をかけられるようにするのがまずは第一歩だろう,,,などなど,いろいろと発見はあったのだが,他を圧倒して最も重要であったのは,
「自分でパンツをはきかえる」
これができない不自由だった.私のこの一日の動作の中で,誰にも言いたくなく,誰にも手伝って欲しくなく,かつ,なんとも困ったのがパンツのはきかえだった.いや,どうにかこうにか一人ではきかえはしたのだが,無様な格好でパンツと格闘している姿は想像さえして欲しくない.
  12月03日のブログ「病人・身障者クロッキー」に,「言語に表されないその人の情報を形に残し,頭に叩き込む作業が必要不可欠である」,と述べて,病人・身障者のクロッキー画を描く試みを紹介したが,たとえば,たかが半日間患者と接していただけで「自分でパンツをはきかえることができない」というこの尊厳に関わる屈辱的.問題を「みる」ことができるのだろうか.体験装具などを使ってもっと根本的に企画を考え直さなければならないのではないだろうか,,,などと,また迷いが生じる.
  実を言うと,この企画を芸術家の方々に相談した時に,多くの人が暗い反応を示した.ある画家は,「芸術家はとにかく対象に入り込んで,吸い込みすぎるところがあるので,芸術家がそこに入り込むと相当にしんどいかもしれない,はたして持つだろうか,,」といわれた.なるほど,私はまだまだ鈍感なのだ.エンジニアにも,いや,これからのエンジニアにこそ,この芸術家たちの吸い込みすぎるしんどさが必要なのだろう.とにかくは,まず体験してしてみなければならない.

,,,それにしても,この時間と無さと腰の痛さはどうにかならんものなのか,,,




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2013年01月16日

名前付きの仕事

   15日のブログに,「『誇るべき研究』とは,もちろん論文のみを意味しているのではない」と書いて論文を目的とした研究を非難しておきながら,その同じ日に学生には,「論文は,時代を超えて名を残すことのできる数少ない仕事の一つだ」などと言って,論文の重要性を語っている.どちらも私の本心であって嘘はないのだが,,誇れる仕事とは何だろうか,という私の迷いは今もまだ続いている.

  ところで,家の屋根裏に無造作に置かれていた古い掛け軸の中に,私が特に気に入っている作品がある.朝起きると床の間にか下げられたその絵をしばらく眺め,出かけにまた視線を送り,帰ってくるとまた見る.その構図にはどこかぎこちなさがあって,しかし,その繊細な描写から想起する精神性が尋常ではなく,何度見ても飽きが来ない.この構図と描写のちぐはぐさは,模写に感じるあのモゾモゾとしたちぐはぐさとも異なっている.構図も描写も非の打ち所が無い,のではなく,むしろその構図の微妙なぎこちなさと描写の素晴らしさが重なり合って,作者の生き様が心に迫ってくる感がある.名人が隙なく描いて見せる秀作もいいが,それとはまた違った,どこかねちねちとした命がけの重さがある.
  この絵は,高い評価を受けなかったからこそ,こうして私の目の前にあるのだろう.しかし,毎日眺めていると,これこそが時を超えても輝きを失わない「誇れる仕事」なのだ,と,頭ではなく実感としてそう感じる.
  絵画も研究も,時代を超えて保存されるための,つまり何らかの財産として認められるための基本的な技術は備えていなければならない.その上で,本当に誇れる第一級の仕事であるか否かは,多くの人が長い時間をかけてじっくりと付き合ってみてはじめてわかるのではないだろうか.その時代の評価云々に,そう焦ることもないのだろう.
  あとにつなげることのできる仕事を完成させるのであれば,自分の名前を残しても残さなくてもいいのだろう.しかし,たとえば,もうだめだ,と途中で息が途切れそうになったり,実際に息が切れて野垂れ死にをしてしまったとしても,信念に従ってさえいればどこか大きく構えていられるのは,研究や芸術や報道,,といった仕事が名前付きであることも大きな要因なのではないだろうか.
  名前付きの仕事を残す,ということは,単なる自己表現や自己顕示だけではなく,ヒトがその時代の評価に惑わされずにおおらかに一生を終えるための一種の祈りのようなものかもしれない.



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2013年01月15日

揺るぎない知恵

  一年の計は元旦にあり,などと言いたいわけではないが,年賀状に手書きで書き込まれる一言一言には考えさせられることも多い.
  私の恩師の一人である筏義人先生からの年賀状には「中途半端にならないよう,よく考えて誇るべき研究を行ってください」と添え書きがあった.研究が役に立つことに厳しい姿勢を貫かれた筏先生が言われる「誇るべき研究」とは,もちろん論文だけを意味しているのではない.論文は,役に立つための一つの手段ではあっても決して目的ではないのだが,短時間で学生に論文をかかせなければならない大学では,どうしても論文が目的のようになってしまう.私は,自分を賢く偉く見せるために研究をしてきたのではないだろうか,私の誇るものは何だろうか,,と七草粥と小豆粥を食べ終えた今もまだ考えている.
  もう一つ,生命誌研究館館長の中村桂子先生から届いた年賀状には,「研究が日の丸を背負わないほうが良いと思っています」とあった.実は,この正月休みに私は日章旗の絵を描いていたので,なにか私の心を見透かされているように思えた.
(添付写真)
この大晦日から正月にかけては,何年ぶりかで自由時間を取ることのできたので,”pray for Japan”という題名だけを心に刻んで何枚かの絵を描いてみた.当初は双葉の写生に始まったのだが,何度も何度も書き直しているうちに,いくつかの日章旗の形に変貌した.政治との関わり合いを極度に嫌う私にとっては躊躇を感じざるを得ない題材なのだが,震災後の日本の危機感や役に立つ研究への焦りが,知らず知らずのうちに日の丸や国家や助け合いへの気持ちを際立たせたのかもしれない.ただ,私の描いた日章旗にはどこか怖さもあって自分でもギョッとするところがある.中村先生に,この添え書きをブログで公開することの承諾を乞うたメールをお出しすると,「皆で助け合うのは大事ですが,そこに日の丸はいりませんでしょう.一人一人が見えるのが好きです.」と追記を書いていただいた.中村桂子先生が「生命史」ではなく「生命誌」と表記される意図も,誤差を持った塊としての集団の平均値ではなく,主体性と多様性を持った一人一人に対峙する姿勢から自然に生まれたことなのだろうと想像する.思えば,中村先生も,そうして筏先生も,とてつもない忙しさの中で専門外の方々からの様々な質問に一つ一つていねいに返事をされていた.私にはない「揺るぎなさ」が,つまり多様な価値観に真摯に対峙して,なお強く活き続ける知恵とモチベーションが,お二人にはある.
  フォークグループかぐや姫の歌「神田川」に次のような一節があった.
「若かったあの頃,何も怖くなかった.ただ,あなたのやさしさが,怖かった,,」
純粋で一途なやさしさでも,多様な価値観と対峙してなお揺るぎなき知恵がなければ,後戻りできない残酷さを内包してしまう.私は,そうして,おそらく現代の学者の多くは,「神田川」に歌われた若者のように,純粋で,一途で,そうして怖さも内包した存在なのだ.
  誇れる仕事をすること,そうしてその誇りが独りよがりや集団よがりではなく,多様性に対峙した揺ぎの無い知恵を基盤としていることの重要性を,今年の年賀状の添え書きは教えてくれている.


IMG_1109 明.jpg


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2012年12月03日

病人・身障者クロッキー (虫の目活動 その1)


  医療現場には,そこに入ってみなければなかなか理解することのできない「冷たさ」がある.たとえば,患者の痛みを自分の痛みとして捉えるならば,針一本,メスの一太刀もその肌に施すことはできない.私が研修医であったころには「痛みは患者持ち,と思わなければ治療を冷静に行うことはできない」と教えられた.身体を構造物として扱う徹底した冷たさも,医療従事者には求められている.その冷たさを補うのがコミュニケーションと記憶力なのだと思う.コミュニケーションの大切さは常に語られるが,目の前の構造物がどのような名前を有していて,どのような表情で話をして,どんな生活をしていて,何に困っていて,何を喜びとしているか,どんな家族がおられてどのような背景を背負っておられるのか,,,,と,その人の歴史を知り,憶えていることのできる記憶力も,医療に求められる「職業的な」優しさの中核にある.子供のころから名詞を覚えることのできない脳を有している私にとって,臨床は一つの試練の場でもあった.私が研修医であった頃,その左手の手背には憶えねばならない患者情報がいつも真っ黒に書かれていたのを思い出す.臨床を離れて医療技術の開発研究を行っている現在は,手背に文字を書き込むことはなくなった.文字で表すことのできる情報は手背ではなく,きちんと紙やコンピュータに記録することができる.そこで気がついたのは,(思えば当たり前のことなのだが)言葉や数字では表わされた情報の本当の意味は言葉や数字では表わされていない,ということだった.
  前回(2012年11月13日)のブログで,不自由な生活を続けている親戚の方のクロッキー画を描かせていただいたことや,来年度から病人や身障者のクロッキー画を描くワークショップを始めることなどを述べた.言語に表されないその人の情報を形に残し,頭に叩き込む作業が医療(または医療技術開発)に必要不可欠である,と考えるからだ.一般の技術開発のように,要求事項を言葉や数字で表現し,それのみを仕様として設計をすすめると,医療技術は時として「質」を大きく損なう.たとえば,よく見えることだけを仕様にしてメガネを作成すると,画像が歪んだり目が疲れたりしてかえって日常生活に支障が出る場合がある.さらに,デザインや色など,言葉や数字で表すことのできないその人の生活を「みる」ことができて,初めてメガネという技術が意味を持ってくる.もちろん,文字や数字で表された情報も重要であるが,技術の「質」はそれだけでは達成されない.ただその「みる」という能力が,病人や身障者のクロッキー画を描くワークショップで鍛えられるのか否かは,その評価方法がない.私の思い込みなのだろうか.まだワークショップを始めていない現時点では未だ「絵に描いた餅」だ.
  一つだけ言い訳をするならば,現行の医療技術開発の多くがもともと絵に描いた餅のようなのだと思う.医療技術開発の多くの活動は,餅にならない絵を(莫大な税金を投じて)描き続けている.事業化(つまり持続的に役に立つ仕組)の見込みの無い医療技術開発に,国はいったいどれだけお金をつぎ込めば気がすむのだろうか.また,開発者たちは自身の技術が本当に医療現場を良くするという確信があるのだろうか.私を含めて,研究者たちは,患者をそうして医療全体を本当に「みる」ことをしているのだろうか.臨床現場や医療技術の開発現場では,文字や数字で表された情報のみが氾濫しているのではないだろうか.米国に次ぐ世界第二位の優れた基礎研究を胎内に擁する日本の医療技術開発には,医療の生々しい現場から社会経済全体を達観した目利きが働いているとはとうてい思えない.いや,かく言う私自身にも目利きの目はなく「本当に役に立つだろうか」と悩みながら手探りで進んでいる.個々の患者を「みる」ことができる人材と,ビジネスモデルを構築して持続的に役に立つしくみを「みる」ことができる人材とがかい離をしたまま,日本の医療技術開発は世間の期待に押されて暴走している.
  日本の医療技術開発の抱えるこの膨大な無駄に比べれば,単なる思い込みであるのかもしれないクロッキーワークショップは,せめても私たちに何らかの新しい目を開かせてくれるのかもしれない,なによりも,この活動は名誉や権力の暴走に無縁であるからだ.無駄かもしれないが,もぞもぞと進めてみようと思う.,,まあ,研究室の引っ越しと,卒論修論が終わって時間ができてからだが,,,本当に時間ができるだろうか,,,


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2012年11月13日

病人や身障者の絵を描こう,,


  この日曜日に,脳出血後の後遺症で不自由な生活を続けている親戚の方のクロッキーを描かせていただいた.絵を描くことで,その人の不自由や自由が文字を介さずに頭の中にこびりつく,,,のだが,しかし,では何をしてあげることができるのだろうか,と考えても,そう簡単にはよいアイデアは浮かばない.「つ」の字のように固まった片手,一方の手はよく動いているけれども車いすに斜めに座り込んだ姿勢ではコンピュータも操作しずらいだろう,転ぶ危険さえ補助すればもっと色々に活動できるだろうに,,けれども.この体の重さと筋力の弱さと,そうして何よりもこのふがいなさをどうすればいいのだろう,,,
  実は来年度から,医療技術開発を目指す人に病人や身障者のクロッキー画を描いてもらって,言葉や数字で表されない情報を「みる」実習を計画している.その予行として描かせてもらっているのだが,,しかし,計画者自身がこのように何の成果も示せずに途方に暮れるようでは,もともとアイデア倒れなのか,,まあ,その人の存在が頭の中に長くこびりつくだけでもいいか,,,,.


posted by トミタ ナオヒデ at 16:03 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

ちんちろりん

               「ちんちろりん」

                                   富田直秀

  先先日の研究室旅行で,十何年ぶりかで「ちんちろりん」を学生たちと楽しんだ.三つのサイコロを振って,その目の数で勝ち負けを決める.基本的には運だけの勝負だが,次の勝負にどれだけの点数(もちろんのこと現金や物品は賭けない)をつぎ込むかで,いわゆる運の流れのようなものを楽しむゲームだ.実を言うと,私はこのゲームでまだ一度しか負けたことがない.(新婚の頃に家内に一度だけ負けた,,)もちろん,サイコロの振り方などにズルをしてサイコロの目の出方を変えるのではない.次にどれだけ点数をつぎ込むか,の判断において予感が働いているわけでもないだろう.強いてコツとして思い浮かぶのは「欲を出さない」「捨身である」「主導的立場となる」の3点である.
  サイの目の勝負は運だけで決まり予測も不可能だが,点数勝負にはまったく理性的判断の入り込む余地がないわけではない.たとえば,終盤に大量にリードしていれば多くの点数を注ぎ込まずに逃げ切ったほうが得であろうし.さらに,勝っているときはリード幅よりも多くの点数つぎ込まない,という「欲を抑えた」,また,負けているときは負け幅よりもわずかに高い点数をつぎ込む,といった「捨て身の」行動によって,少なくともリードをしている状態の回数を増やすことはできる.しかし,これだけではリードしている回数を増やすだけであって,負け続けて大損に陥る可能性が含まれているので,無数回のゲームで期待される得点を平均すれば得点の差はなくなる.有限回のゲームで,いわゆる勝ち逃げが許される程度の「主導権」を握っていれば,勝ち逃げを繰り返すことで必勝が可能となるのだろうか?私はその方面の専門家ではないが,勝ち逃げを繰り返す(つまり,場に流通している価値を少しずつ自分の懐に移行させる)方法の実現性も疑問視されているらしい.論理的にすっきりとした説明がなかなか難しいが,それでも,たとえば,勝つと調子に乗り,負けると諦めたり無謀になる人の多い集団の中では相当の確率で勝つことができそうに感じてしまうのはなぜだろうか?
  と,このようなことを述べている私は,組織の長にはとうてい向いていない.過去の歴史や法則から未来を的確に予測し得策を選択する理性と,得策を実現させる実行力が,組織の長には求められているのだろう.私は大学生の頃からサークル活動でも仕事でも,属する集団が躍進に転じる,という幸運に恵まれ続けてきたが,私自身はいつも集団の中で平か,または副の位置であった.予測と統制を行う組織長の横で,自分が良しと思うことを黙々と続けていたり,突然それまでの利益を捨てる変な提案をしたりしていた.このことを自己満足的妄想的に解釈するならば,歴史と法則とに固執している集団に,都合のいい時(負けている時ではなく,むしろ勝っている時)に目先を変える,という,いわば勝ち逃げの繰り返しのようなアイデアを提供していたのかもしれない.前述のようにひとつの価値基準の下では勝ち逃げによる常勝の理屈はなかなか成り立たちにくいらしいが,価値基準の自体の変更(イノベーション)があれば予測のきかない変化の中でも得策を選択できるに違いない.価値基準のframe workの変化は具体的には,目的のふりをして実は手段であったり,手段のふりをして実は目的であったりと,臨機応変に目的と手段とを入れ替えてモチベーションを持続させることでもある.たとえば,目前の勝利のために一致団結するのであれば,一見,勝利が目的であって一致団結が手段であるようだが,これは逆に勝利が手段で一致団結が目的であっても良い.確固とした目的をかかげることも躍進の一つのコツではあるが,時として事後に過度の疲労と脱力とを生む場合がある.実際に持続的な躍進を続ける集団はこの手段と目的のframe workの変化が実に巧みだと思う.個人的趣味としては,さらに共通目的までなくしてしまって,構成員それぞれがそれぞれの生き様,それぞれの価値観で動いているが,結果として,その時々の手段が一致しているような,臨機応変で自由な集団が好きである.
  なんのことはない,私は組織躍進のスイッチを密かに握っていたのかも,,などと,自我自賛で都合の良い話にまとめようとしているのだ.しかし,時間的にも空間的にも多様性を内包する社会の中では,欲に翻弄されず捨身になって主導的にframe workを変化させることが「運」を引き寄せるひとつのスイッチになっている,と述べても,あながち空言ではなかろうと思う.何を得とするか,という価値のframe workの変化は,言うのはやさしく実行には相当の抵抗を受ける.抵抗の中でも多くの賛同を得るためには,欲に翻弄されず捨身になる心構えと主導的な立場が,やはり必要なのだろう,,が.まあ,このように根拠のない自慢話は適当なところでやめておかなければならない.「ちんちろりん」に無敵であった私が,若かりし頃の妻に負けたのは,欲に翻弄され保身となり,しかも主導的に価値観のframe workを変化させることができなかったためだろう,,などと,きっとかげぐちをたたかれるからだ.


(誤解が無いように付け加えておくと,価値観のframe workを変化させるイノベーション型の人間は組織のトップに持ち上げるべきではない,または,frame workを変化が世に認められたならばすぐに主導的立場からは降りるべきだろうと思う,,,繰り返すが,過去の歴史や構造化された法則から未来を的確に予測し得策を選択する理性と,得策を実現させる実行力が,組織の長には求められている.frame work変化の後に必要とされるのはその構造化であって,イノベーション型の人間はモヤモヤとした構造のない状態から行動を選択する構成力には優れていても,万人が安心できる構造の構築に長けているとは限らないからだ.)









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2012年09月05日

政治家毛嫌い

政治家毛嫌い
                            富田 直秀

  好きと言っておきながら結局嫌いであったり,嫌いと言っても好きなところもあるのならば,いっそのこと好きを嫌い,嫌いを好きと言い換えても同じことだろう,と自身のブログの「好き嫌いシリーズ」を読み返してみて思う.しかし,「政治家」だけはどう逆さまにひっくり返して見ても,好き,とは言えない.これは主義でも主張でもない.政治家のずるさが嫌なのか,うそつきが憎いのか,女性にもてるのが悔しいのか,世のため人のため面(ずら)が気持ち悪いのかかよくはわからないが,とにかく,ひたすら気色が悪い.たとえば,ムカデが実は貴重な益虫であったとしても,たとえこれが地球を救うイキモノであったのだとしても,決してムカデを好きとは言えないであろうことによく似ている.
  気色が悪いのは政治家であって政治そのものではないのだが,その巣窟である政治にも極力近づかず,政治的な発言も厳に慎む生活を高校生時代からつい今しがたまで続けてきた.国のまつりごとのみならず,学会,教室,あらゆる場面で政治臭を感じるところに私は近づかない,いや,政治に付き合っていくだけの記憶力やら注意深さといった能力に欠けているのだから,もともと近づくことができない.私の思春期のころは右とか左とかの色メガネをかけた子ども政治家が身近にいて,それぞれのメガネにかなった人を自身の巣に引き込もうとしていた(と,私にはそう見えていた).私も,もちろん私なりの色メガネをかけているのだが,私のメガネに映るのは,右やら左やらの区別なく彼らの背中にうごめいていた何本もの脚だった.私は,当時,無気力の象徴とされていた「ノンポリ」という種に(今は当たり前に主張できるが,当時としては珍しく)積極的に属そうと努力をしていた.
  しかし,私の「ノンポリ」への積極性を危うくさせる状況が1988年にあった.昭和天皇の病気平癒を願う記帳所が全国に設けられ,奈良県の橿原で研修医をしていた私の周囲では,忙しい時間をやりくりして多くの友人たちが記帳に行った.この時,ノンポリという選択は許されず,記帳すれば右,記帳しなければ左,という暗黙の選択がつきつけられた(ように私には思えた).結局のところ,私は記帳には行かなかった.私は(おそらく,これが私の生れて初めての政治的発言だが),賢いことよりも強いことよりも「ずるくない」ことを上位に置く文化としての象徴天皇制を尊重する.グローバル社会の中で日本が日本の「質」を主張するならば,「ずるくない」文化とそのよりどころはこれからも重要になってくるだろうと予想している.1988年当時にはそこまではっきりとした意識を持っていいたわけではなかったが,政治を離れて昭和天皇ご自身への好感はあったので,もし無記名の行動であれば私もそれに参加したのだろうと思う.私の行動を決定づけたのは,当時研修医仲間であったある友人の「記帳しなければ,将来に不利益になるかもしれないだろう」という一言だった.この友人に反感を覚えたのではない.この友人に賛同する自分の背中にうごめく多数の脚を感じたのが,記帳をしなかった一番の理由だったろうと思う.カフカの「変身」の中で朝起きると巨大な虫に変身していたグレーゴルの焦燥が,まさにこの時の私の感覚に近いのではないだろうか.自分の毛嫌いする対象が実は自分自身であったことへの焦燥をかかえて,結局私は記帳をしなかったが,逆に記帳したとしても,もちろんこの焦燥は収まりはしなかった.
  個人の利益や集団の利益,正義感,名誉欲,,,様々な脚を統一的に動かしてこれを思想と呼ぶことの気色悪さは,たとえこれが役に立つのだとしても,人類生存のための切り札なのだとしても好きにはなれない.すでに右や左といった時代ではないが,ずるくない象徴を利用しようとするずるさがあるかぎり右派のそれは思想ではなく,また,言葉や「モノ」に固定化された目的に振り回されている限り左派のそれも思想ではない.思想とは,ただ多くの足を動かしてもぞもぞと餌をあさったり敵を刺したりすることではなく,悪循環を良循環に変えていく理性の美しさのようなものを内包しているのだと思う.
  実を言うと,私がなぜこんな昔のことをわざわざブログに書いているのか,と自分に問うてみれば,かつて強く感じていた政治家への気色悪さがどうも最近薄れてきているように感じるのである.今では,右や左の色メガネをかけた友人たちの背中にも,そうして自分自身の背中にもうごめく脚を見ることはめったになくなってしまった.グロテスクであった政治色が,一見ファッションのように淡くなってきているように私の目には見えているのだが,,もしかすると,いや,おそらく,いつのまにか私自身がすでに不気味なムカデの目で世間を見ているのに気づいていないだけなのだろう.
  右や左といった区別が曖昧となった現在では,個人や集団の利益,正義,欲などを統一的に動かして思想とは呼ばない.しいて言えば,ただ都合の良いことを言って人気を集めるポピュリズムがこれに代わって大いに毒を吐いているのだが,,私を含めて多くの人がこの気色悪さを見分けられなくなっているように思う.子ども政治家たちの言動は好きではなかったが,わかりやすく,少なくとも純粋だった.皆がムカデの目を持ってしまった現代は,何かとてつもなく大きな間違いに向かって進んでいるようだが,恐ろしいことには,誰もこの危機を見ることができない.


(PS:「言葉に固定化された目的に振り回される」とは,たとえば,貧困→教育↓→貧困,貧困→人口増加→貧困,といった悪循環があるときに,対峙すべき本の対象は悪循環であるが,時として貧困という言葉に目的が固定化されてしまう.貧困が悪く,裕福さが良い,のではなく,悪循環からの脱出が目標となるべきだろうと思う)
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2012年09月03日

(新)秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある

5月26日のブログ「秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある」
の内容を書き直しているうちに,絵画に関する感想が消えてしまったので,消えた文章の周囲をもとの場所に残して,(新)秀吉嫌い,,をここに載せます.



秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある
富田 直秀

  私の名前(直秀)の秀の字は,岐阜県生まれの両親が豊臣秀吉にあやかろうとしてつけた名前らしい.両親には申し訳ないのだが,,私は秀吉が嫌いだ.
  私も若いころには,人を尊敬し人生に目標を設定して突き進む秀吉の一途さにあこがれた時期があった.しかし,これは歴史的事実よりも「太閤記」の物語性に強く引きずられて形成された秀吉像であるし,たとえ若いころの秀吉がそうであったとしても,天下人となった後の秀吉はどうだろうか.朝鮮出兵にまつわる一連の言動だけを挙げても,秀吉の晩年には決してあやかりたくないと思う.天下を取ってからの秀吉の一連の醜態は,歳をとることによる“もうろく”として,または自己中心的となり客観的な判断力を失った結果として,表現される場合が多い.
  しかし,晩年の秀吉は「私」に固執したのではなく,むしろ「私」を粗末にした結果として周囲とのつながりを失ったのではないだろうか.私の好きなデザイン・アートの視点からみると,目標を達成するために客観的・合理的な方法を選択するデザイナーとしての生き方にこだわりすぎて,アーティストとしての「私」を見失ったのだと,私は解釈している.秀吉がその晩年にアーティストとしての「私」を見失ってしまったことの重大性は,彼一人の問題ではない.人生のデザイナーとして成功を収め,この国の様々な分野で実権を握る何人かは,秀吉のようにアーティストとしての「私」を見失って,今もなお黄金の茶室を作り続けているからだ.
  私の考えるアートとは,それを人の役に立てたり,アートで何かを人に伝えようとするのではなく,あくまで自分のためにあるものだと思う.もちろん,結果としてアートは立派に世の中の役に立っているし,また,結果として大切な何かを伝えている.けれども,だからといって役に立つためにアート活動をするのも,何かを伝えるためにアート活動をするのも的外れであって,アートとはとことん孤独であるところに基礎があるのだと思う.吉本隆明氏は,良い文学作品というのは,そこに表現されている心の動きや人間関係というのが,自分にしかわからない,と読者に思わせる,そんな作品だと述べている.文学作品に限らないだろう,たとえば先日,福田平八郎の絵を見ると,以前に見たときとは全く違った表情がそこに見えている.福田平八郎の絵に描かれている波やら鯉やら葉っぱの表現は,平八郎独特の世界観なのだと以前は考えていたけれども,平八郎の絵の中に見えていた表情,そうして今の私が同じ絵の中に見ている別の表情は,実は私の中に育ち,変化しつつある私の「絵」の表情なのだ.吉本隆明氏が文学作品に対して述べたことと同じように,絵画でも,見る者に,自分にしか見えていない「絵」だ,とそれぞれに感じさせるのがいい作品なのではないだろうか.また,「能」の舞が徹底的に表現を削って,その一見単純な動きの中に見る者の現実とも幻想ともつかない世界を映してみせるのと同じように,日本の芸術の多くは,ほとんど空(くう)に近くなるまで表現の引き算を重ねていって,中身が空となった器の中に見る者の世界を映してみせる.芸術表現とは,共通のコードを使ってAからBへ意味を伝えるコミュニケーションとしてではなく,吉本氏の言うように,AはAにしかわからない表現をして,BもBにしかわからない見方をして,両者が偶然に出会うことによって生まれるものなのだろう.氏はこのことを「自己表出と自己表出の出会い」と表現している.また,村上華岳が「画論」の中で「制作は密室の祈り」であると述べた,その徹底的な孤独と締念の中での出会いの存在が,デザインとアートとの間に太い線引きをしているように思う.
まあ,そういったややこしいことはどうでも良いのだが,とにかく,歳をとるにしたがって,道を歩いていて傍らの植物を見ても,空を見上げても,私の周りの世界はどこか物語を含んでいて以前よりも潤ってきているように思う.なにも絵を描いたり音楽を奏でたりするばかりがアートなのではない.私の考えるアートでは,作品さえも必要ない.たとえば,人の顔だけではなく身体や花や木々や様々なものに表情や物語を感じたならば,それもかけがえのないその人のアートだ.そうしてそういったアートは,習ったり勉強したりするのではなく,様々な出会いが私の中に蓄積,,いや,様々な出会いが「私」そのものを構築し続けて成立するのだろう.強い感動の中に自己を発見する若い感性もそれなりに良いが,老いぼれて,独立した個としての機転と機能を失いつつある中でこそ見えてくる静かな「私」像は,周囲との境界さえあやふやである「私」象は,これもなかなか捨てたものではない.
  もちろん,デザイナーもアートの心を持つし,アーティストもデザイナーのスキルをもつ.どちらか一方だけの人間はいない.若い頃には,他者と明確に区別された自己とその目標を見定めて,客観的かつ合理的に目標に向かって突き進むデザイナーのスキルが必要かもしれない.そうして,歳をとってからは,たとえそれがはっきりとした実体を持たなくとも,たとえ人に伝わらなくとも,またたとえ時の為政者に切腹を申しつけられようが,「私」をみつめることのできるアートの生き方を基礎として持っていたいと思う.デザイナーの作る「実」とは器のようであって,その器にそれぞれのアーティストとしての「私」が注ぎ込まれることによって「質」が育つのだろう.われわれの若いころは,がむしゃらに実体としての「器」を作り続けていた.それでも,そこに自然と「私」が注ぎ込まれるようなアートの土壌が社会に用意されていたように思う.老いぼれて,独立した個としての機転と機能を失い,時には呆けてしまっていた年寄りたちが,実はアーティストとしてこの土壌を育てていたのではあるまいか.歴史のようにしっかりとした物語の上に存在している年寄りたちの自我は,たとえ周囲との境界さえあやふやな「私」であったとしても,社会のなかでしっかりとその役割を果たしていた.
もちろん,歳をとってからでも周囲からの要請があるならば人生のデザイン力を発揮して人の役に立つ仕事をしなければならない.ただ,いかに巧妙に器がデザインされても,それぞれがアーティストとしての「私」を持ってその器にかかわることのできるしくみが社会になければ,それは自慢のためだけの空っぽの器であって本当に人の役に立つことはない.グローバル社会の中では孤独なアーティストたちの物語が忘れ去られて,デザインを生かすアートの土壌が崩れようとしているのではないか.その一方で,人生のデザイナーとして成功を収め,この国の様々な分野で実権を握る賢人の何人かは,秀吉のようにアーティストの心を見失い,自慢話のリズムに乗って現代の黄金の茶室を作り続けようとしているのではあるまいか.

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2012年08月17日

自慢話大好き

自慢話大好き(富田直秀)

  私は自慢話が三度の飯よりも好きだ.講演や授業前には準備のために食事を忘れることもあるので,三度の飯,,云々もあながち誇張ではない.しかし一方において,学会講演や論文や,また,絵や思想や日常生活における様々な場面で「自慢」を見せつけられることには辟易(へきえき)している.自分がさんざ自慢話をしておきながら,人の自慢話をおとなしく聞かないのはいかにも身勝手だ.
  自慢,つまり,自己満足を人に誇るためには,少なくとも自分を満足させる一貫性を有していて,そこに同意や共感を得ようとする努力がなければならない.自慢自体は決してつまらないことではないが.自分を満足させている一貫性が生き生きとした柔軟性を欠いて固定化されていると,自慢はとたんに精彩を欠いて滑稽でつまらない見世物となってしまう.たとえば,私たち研究者は研究発表をする.その新しさと論理的一貫性が認められると業績となり,それを蓄積する.そうして,たいていの研究者はその蓄積された可能性への自慢に多くの労力を割いている.蓄積された可能性が世の多様性に追従できる柔軟性を有しておらずただの論理的な構造物であれば,研究は自慢のためだけのブロック玩具にすぎない.現代はレベルの高いブロック玩具ばかりが増えてしまって,徹底した試行錯誤に支えられた柔軟な研究の姿が見えなくなってしまった.
  またたとえば,私は現代の絵画や小説よりも一時代前の作品に抜き差しならない真摯さを感じる.技術だけを問うならば,現代作家のそれは決して劣っていないのではないだろうか.ただ,昔の芸術家は自慢にうつつをぬかす余裕などなかったのではあるまいか,と思う.芸術家が誰よりも自分に対して真摯であるならば,自分を離れて生き続ける作品に対して,固定化された評価は望まないだろう.高い評価を受ける絵画の狭間に,生きた作品のひっそりとした息吹は聞こえにくくなってしまった.
  最近になってフッサールを再び読んでみたが,私はその内容を理解することができない.いろいろと私の字で書き込みがしてあるが,私は本当に理解していたのだろうか.私の理解力の低さもさることながら,思想史の中に現象学を位置づけようとするフッサールの努力が,私には難しすぎて理解できない.もしフッサールが自慢を廃して,モノありきの上に構築された科学的態度への疑問を正直に表現していたならば,現象学はもっとイキイキと私たちの生活の中に溶け込んでいたのではないだろうか,などと想像している.
  自慢自体は決してつまらないことではない.自慢があるからこそ発展は意図され成功するのだろう.自身の首尾一貫した方向性に自信を持ち,そこに同意や共感を得てこそ物事は動き出す.けれども,その方向性が柔軟性を失ってモノや理屈や基準が固定化されると,自慢はイキイキとした価値を犠牲にして世の中を面倒でつまらない方向に導いていく.
  たとえば工学は,これまでの設計の考え方に大きな変更を迫られているのではないか.このお盆中に研究室の掃除をしたのだが,捨てられるペットボトルやらアルミ缶やら印刷物やらの美しさはどうだろうか.50年前であればその一つ一つがとてつもなく貴重であったであろうモノたちが,毎日ごみとして大量に捨てられている.便利な構造,安価な加工,美しい外観,,,などなどが固定された仕様として設計が行われ,モノが実現し「自慢」され,そうして役割を終えると,こうして捨てられる.モノだけではない,固定化された理屈や基準も「自慢」され役割を終えて捨てられる.いや捨てられるならば良いのだろう.固定化されたモノや理屈や基準が自慢のためだけに蓄積され,ごみとなって自然な動きを妨げている場合がある.このようなわだかまりを,私たちはしかたのないこととあきらめているが,このまま,私たちは固定化されたモノや理屈や基準を「自慢」し続けてもいいのだろうか.気が付くと,イキモノの気配のない荒涼とした世界に自慢話ばかりが氾濫しているようなことになりはしないだろうか.
  繰り返すが「自慢」を非難しているのではない.自慢のない世界は発展のない世界に等しい.ただ,固定化されたモノや理屈や基準ではなく,もっと柔軟でイキモノらしい臨機応変さが「自慢」され評価されるようになれば,世の中はもう少しシンプルになるのではないだろうか,という提案である.ものつくりの衰退,医療における無駄の問題,原発問題,,すべて固定化されたモノや理屈や基準がごみとなって自然な動きを妨げている結果ではないだろうか.


P.S.:これが今日の私の自慢話である.
posted by トミタ ナオヒデ at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 論文調の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

関係性の中に存在しているのがイキモノであり,アートでもある

関係性の中に存在しているのがイキモノであり,アートでもある

  京大デザインスクール(http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/design2/index.html)のサマースクール用ワークショップをいろいろと考えている.私は京都市芸大の日本画科の先生方や森桃子さんと一緒に,アートやイキモノの視点を取り入れたワークショップを提案している.「機能性とアートがつなぐ642ミリメートルコンテスト」と題したその内容の詳細はまたいつかご紹介するとして,問題はいかにアートやイキモノの視点をデザインの視点の中に盛り込むことができるか,だ.たとえば,ある美術系のワークショップでは,朝とりたての野菜をよく見て描く練習をするそうだ.とれたての野菜の新鮮な感じを葉の形やら色やらの特徴で表現するのだろうか,と聞くと,いや特定の形や色というよりは,その新鮮さそのものの感じ,なのだと言う.エンジニアの私は,絵の要素は結局は形と色なのだから,そこに「新鮮さ」の特徴が現れるはずだ,,と思ってしまう.そこで,この土日を使って自分で試してみた.私は植物を描いた経験がほとんどなかったので,まず,いろいろな植物の写真を撮って,その形をなぞって形の特徴を写し取ってから絵に描いてみた.その中から気に入った植物の現物を手に入れると(この現物支給がなかなか難しかったのだが),今度は触ったり匂いをかいだりした後に現物を目の前において描いてみた.
  下に示した絵(White Dragon 1と2)がそのときに描いた2枚の絵だが,さて,どちらが写真から描いた絵で,どちらが実物を「みた」絵か,おわかりになるだろうか.描く最中にも描いた後にもずいぶん創作を入れてしまったので,また,この写真では細部が見えないので見分けるのは難しいのかもしれない.どちらの絵がデザインとして面白いのかは別問題であるとして,どちらが生き生きとしているかは(少なくとも描いた本人にとっては)明らかである.芸大の先生方が言われた,特定の形や色ではない新鮮さの感じ,も,なるほど,と納得できる.これは,絵の上手さや熟達とは関係がなく,誰でもが自分に正直に描いてみることによって感じ取ることができるのではないだろうか.繰り返すが,デザインとしての面白さは別の問題である.生きている対象を見ているとき,私たちはその周囲の風や気温や触った感触や匂いまでも一緒に「みて」いる.対象のイキモノと私とその周囲の関係性の中で,私は無意識にどこか細部に集中してどこかを無視している.そうしてそれは時間とともに移り変わっていく.形や色は絵に固定される物理的要素だけれども,たとえその形や色が実物に似ていなくとも生き生きしている感じは絵に現れる時がある.それはおそらく,絵とそれを見る人と周囲の関係性も常に移り変わっているような時なのだろうと思う.なにも描く人と対象と周囲の関係性が,絵を見る人と絵と周囲の環境の中に正確に再現される必要はない.そっくりに再現させることよりも,関係性が動いていて固定されない「しくみ」に生き生きさの根本があるようだ.さらにいえば,おそらく,結果が原因を変える「しくみ」にその秘密あるのだろう.たとえば,「みる」結果が「みる」動機を変化させるしくみが次々と多様な関係性を生んでいく.なるほど,多様で相同な関係性の中に存在しているのがイキモノであり,アートでもある.その視点からみると,時間と空間に固定された「モノ」(や「概念」)は,移りゆく関係性の残骸にすぎないのかもしれない.
  私の話はすぐにややこしくなるが,これは頭で考えるのではなく,とにかく自分でやってみないとなかなか共感を得てもらえないだろう,,,はてさて,ワークショップをどうしようか,,,,.

PS:後でこの絵を森さんに見ていただくと,「まだしっかりと対照を『みて』いないでしょう」とのこと.なるほど,おそらく,私は「みる」という時間の意味もまだ全くわかっていないのだ,,



White Dragon 1     by 富田直秀 Naohide TOMITA.JPGWhite Dragon 2    by 富田直秀 Naohide TOMITA.JPG


posted by トミタ ナオヒデ at 15:56| アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

面倒くさいだけで,内容のない話

  先日,芸大出身の方々と一緒に酒を飲んだ.一人の画家の方が作品の写真を持ってこられていて,私もなるべく正直にその絵の感想を述べ,このブログでも何回かご紹介したような吉本隆明氏の芸術観も聞いていただき,実際の画家の生活をお聞きして,,とにかく話は楽しく進んだのだが,,お別れした後に,私だけが浮いていたような感覚に襲われた.プロフェッショナルではない分野に軽はずみに口を出しすぎて芸術家の心を傷つけてしまったのではないだろろうか,私は,面倒くさいだけで内容のない話をしていたのではないだろうか,,と,寝苦しい夜を過ごした.
  それからまた1日が経過して,今やっと,あっ,とわかったように思う.あの時,私一人だけが文字の世界に棲んでいた.一緒に楽しく言葉を交わしていたけれども,あの居酒屋の片すみで,私の周りにだけ「文字」という違った水があったように思う.そういえば,あの時私の膝の上にあった写真の中の絵の表情もどんどんと変わっていき,文字として表現された私の感想はどんどんと意味を失って腐っていくのを感じていた.しゃべる絵もしゃべらない絵も,にこやかな絵も無愛想な絵も.作品としての上手下手や好き嫌いの以前に,そこに出会いがあったはずだ.意識的に(文字的に)見る以前に見えているなにか,意識的に描くのではなくつぶやくようななにかを,私はしっかりと受け取る前に,性急に文字としてとらえてしまっていた.たとえば,よくしゃべる作品,好きな作品,上手い作品,人の物語を受け止める作品,,,と形容詞に修飾された作品という名詞が,その言葉の法則の中で整理され理解されただけで,絵のもつ本当のつぶやきを聞き逃していた.
  そうだったのか.「みる」ということの意味を,私はまだまだわかっていなかった.今までにも同じような経験があった.芸大や建築学科の講評会に参加させていただいたとき,私の目からみると学生の間にはレベルの違いがあるように見えるのに,講評の先生方はレベルとは無関係の話に終始しているように思われた.理科系の授業では,たとえばある原理の理解度において学生の間にはレベルの違いがあって,教師はそのレベルを上げることを目的としている.その習慣からみると,講評会での先生方の言葉はわざとポイントをはずしているようにも感じていた.また,芸大のクロッキー会に参加させていただいたときに,「絵を見せてー」と私の周りに集まってきた学生に,私は大きな戸惑いを感じた.プロを目指す若い人たちの目の前に素人の絵が晒されることことの恥ずかしさに,私は戸惑ったのだ.講評会での先生方も,クロッキー会で集まってきた学生たちも,「どんなふうに生きてるの?」という出会いを,まず確かめ合っていたのだろう.その出会いがなければ,文字や数字としてあらわされる「レベル」も存在しない.私はせっかくの実感を,好きな作品,上手い作品,○○な作品,,とすぐに形容詞と名詞に翻訳してしまう.そうして,文字化された実感は安易にレベル化されてしまう.もちろんレベル評価も必要だろうけれども,そのずっと以前に生きた「出会い」を確かめ会わないと何も始まらないのだろう.芸大や建築学科の先生方は,まず,そういった出会いを教えておられた.「質」のレベル云々は教える対象ではなく,そういった出会いの中で育っていくのだろう.私はとんでもない考え違いをしていた.

  私だけではないのではないだろうか.学問にたずさわる者の多くは実感をすぐに文字として訳して,頭の中で文字の法則で処理をしてしまう.そうすることによって,一見気がきいたような物言いはできても本質は大きく外れてしまう.面倒くさいだけで内容「質」を伴わない話になってしまう.

posted by トミタ ナオヒデ at 10:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月10日

痛みの悪循環

「痛みの悪循環」

  痛みを感じると,なぜ痛いのだろう,といぶかしく思うが,本来,細部にまで感覚神経が張りめぐらされている身体において,痛みがないことの方が不思議なのだ.このことは,たとえば,高さの異なる靴を履いてしばらく歩いていたり,不自然な動きを繰り返していると,たいてい身体のどこかに強い痛みを生じてくることでも容易に知ることができる.痛みとは,ヒトが自然に行動する方向性を具体的に身体に教えてくれる一つの指標でもある.
  精神的な苦痛や社会の中の様々な苦痛も同じようであって,過度ではない苦痛は自然に生きる方向性を具体的に教えてくれている.身体の痛みでも社会的な痛みでも,過度ではない苦痛までも止めて安楽に安住すると,人は自然な行動を見失ってしまう,,,
  しかし,痛みの悪循環,つまり,過度な痛みがその原因をさらに助長させるような場合には,この苦痛は尋常ではない.私はこの5ヶ月間,足底腱膜炎という病気に悩まされてきた.足底にまさに針をさすような痛みがあるのだが,へたに抗炎症剤や痛み止めの注射をすると,かえって悪化させてしまう場合もある.けれども,痛みによって身体の活動性が下がり,そのために成人病を誘発するようならば,痛み止めでこの悪循環を止めるのも一つの手かもしれない.目の前にある苦痛は痛みなのだが,私たちが対峙しなければならないのはその痛み自体よりもその裏に隠れている悪循環のほうだ.たとえば,癌などの痛みは,頑固な悪循環の性質を持っているためになかなかそれを押さえ込むのが難しい.気丈に立ち向かっても,どうしても絶望を想起してしまう痛みなのだ.
  社会の中にも,絶望に似た痛みの悪循環がある.試練や関門などの,むしろ社会を自然な形に導いていた様々な痛みがどうして悪循環に陥ってしまうのだろうか.たいていは,人や組織が自然な成長を外れて癌のように増大しすぎるところに悪循環が生じるのではないだろうか.戦争や虐待の裏側には,癌のように増大し続ける何かがある.その増大し続ける何かは,それ自身も苦しいには違いないが,もう自分自身にもその増大を止めることができない.それが悪循環の特徴だ.
  人のことはまったく言えない.私自身も,過度ではない苦痛を避けて安楽に安住したり,痛みに翻弄されてその裏にある悪循環を見逃したりしている.



posted by トミタ ナオヒデ at 10:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月21日

まず,いいものをつくりましょう

  「まず,いいものを作りましょう」と「まず,いい論文を作りましょう」の間には,とても大きな溝がある.特にイキモノを相手とするものつくりでは,全体の動きを予測する勘と徹底した試行錯誤に始まり,徹底した試行錯誤に終わる.まず,いい論文を作っていればそのうちよいものができる,などと考えるのは,頭だけ小賢しい素人に違いない.もちろん,よい論文がよいものつくりに無関係であるわけではない,しかし,論文を成立させる合理性が,イキモノを相手としたものつくりの合理性(多様性に対峙した機能構築)とは対極にある事を知らなければ,いつまでたってもよいものつくりには到達しない,
  かく言う私も,大学における教育・研究のためにはまず良い論文を作らなければならないジレンマを抱えている.良い論文を書かなければ予算も集まらず,大学における教育義務も果たすことができないからだ.遠回りとわかっていながら論文のための研究を先行させ,予算と人を集めて徹底的な試行錯誤の体制を構築する.この試行錯誤への転換を間違えると(いや,たいていの研究者は間違えているが),研究のための研究に終始して,税金を溝に捨てる結果となる.

  日本の技術はとびぬけて優秀な勘と地道な試行錯誤に支えられているにもかかわらず,頭だけの小賢しい概念がその上であぐらをかいている.





posted by トミタ ナオヒデ at 07:50| プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

吉本隆明・ばなな親子

  5月26日のブログ「秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある」で吉本隆明氏の芸術論を取り上げたが,実を言うとこの人の本を読みはじめたのは,まだつい最近のことだ.作家の吉本ばななさんのお父上なのだという.ばななさんには,一度,拙書「ちゃっちゃんの遊園地」の評やらをブログに書いていただいたことがある,私の好きな作家の1人だ.
  まだ2,3冊を読んだだけで感想を述べるのはあさはかなのだが,この吉本隆明という人はなんとも徹底的に自分に正直な人だと思う.芸術論に関してこの人ほど明快な表現を見たことがない.芸術には徹底的な正直さが求められている(と私は思っている)ので,この分野に関してはこの人を手放しで信頼する.ただし政治の世界では,正直であることが必ずしも良くはない場合もある(と私は思っている)ので,政治に関するこの人の言にはやや首をかしげるところもある.要するに吉本隆明氏は,その超人的な読書量と論理性を抜かせば,きわめて庶民的で素直な人なのだろう.下町のちょっと気が強くて人の良いオッサンが「いいねえ」「ぐっとくるねえ」「てやんでい」「べらぼうよ」を言うかわりに,そこに至る膨大な指向と感性を,並はずれた知性と表現力と,素直さで説いている.その正否はともかく,この人の生き方に強いあこがれを感じる.
  さて,吉本隆明氏の本を読んでから娘の吉本ばななさんの小説を読み返すと,やはりばななさんも徹底的に自分に正直なのだが,その正直であることの苦悩とすがすがしさも見えてくる.あふれ出てくる言葉の底には,そのエネルギー源としての苦悩があるのだろうが,吉本隆明氏はそれをまったく見せずに読者を引っ張っていく文章の技巧がある.ばななさんの文章では,間欠泉のように吹き上がる言葉と,その合間の静寂とが,逆に苦悩と開放のすがすがしさを浮き彫りにしている.評論と小説,男性と女性,戦中派と現代人,親と子,,様々な違いはあるのだろうけれども,二人の文章に共通して感じる印象は「静寂」である.下町の夕暮れの軒先で将棋を指しながら「いいねえ」「ぐっとくるねえ」「てやんでい」「べらぼうよ」と世間話をしている父親と,傍らで線香花火をしたり地面に絵を描いたりして遊んでいる少女の姿が目に浮かぶ.二人ともとにかくよくしゃべってはいるのだが,そのしゃべっている言葉が直接に意味している内容よりも,下町の,夕暮れの,軒先の,そこに流れる涼しい風や,言葉に表されない悲哀やすがすがしさを,お二人とも大切にしているようだ.本人たちは否定するだろうが,日本の美しさを無意識に表現としているように私は感じる.たまたま海外への長い出張から帰ってきたばかりなので,そう感じてしまうのかもしれない.ただ,これだけ大量の文章の中に,強いことや賢いことをうらやんだり求めたりする表現はほとんど出てこない.強いことよりも,賢いことよりも,ただひたすらに自分に正直である事を最上に考えるところに日本の美しさがあるように,私は(自己満足的に)感じているので,このお二人にも日本人の美しさを(自己満足的に)感じてしまう.

(蛇足なのだが,読む人にそれぞれの自己満足を感じさせるのが,このお二人の文章の技巧,または特徴なのだろう.隆明,ばなな親子がこの文章を見たならば,,あれあれ,またこんふうに暴走する人が,,と苦笑いをするのかもしれない.)




posted by トミタ ナオヒデ at 10:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

サッカー嫌い

 うちの研究室の学生は,サッカーがとても上手いらしい.インターハイで上位まで行ったK君を始め,サッカー同好会やフットサルサークルの現役として活躍している学生も多いのだという.とにかく世の中にはサッカー好きが多い.海外に渡航しても,食事会などではよくサッカーの話題で盛り上がる.Nakataと言えば,人差し指を振って見せて,知ってるよ excellent とうなずく外国人が,今でもたいてい1人はいる.知性的な言動と紳士的な態度で知られるあるイギリスの大学教授は,サッカーリーグの話になると論理も公平性もそっちのけで,ひたすらひいきチームファンの学生や研究員をえこひいきするという.このサッカー狂乱は,インターナショナルなのだ.
  私は,サッカーが嫌いだ.
  第一に,中学生の頃から私はサッカーが大の苦手だった.ボールが来るととにかくゴールの方向に蹴飛ばすだけで,ゴール前でもオフサイドなんぞ気にしたこともない.第二に,サッカーのゴールというものは,たいてい私の見ていない時をねらって行われるらしい.第三の理由が最も合理的だと思うのだが,サッカー競技が「狡さ」を許容しているように私には見える.狡い者が得をするのはどのスポーツも同じだが,サッカーではその狡さを公然と褒めるではないか.「わざと転ぶなー!!」「そいつを褒めるなー!!」と私は心の中で叫びながら,サッカーを観戦する.この熱いイライラの集積が,実はサッカーの人気の秘密なのだ.


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2012年05月26日

秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある

ブログ「秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある」
の内容を書き直しているうちに,絵画に関する感想が消えてしまったので,消えた文章の周囲だけをここに残して,(新)秀吉嫌い,,を9月3日に掲載します.

  たいへんもったいないことなのだが,日本画家の森桃子さんに研究室の事務の手伝いをしていただいている.以前に森さんが製作されている花の素描を目する機会があり,その線の表情が衝撃的だった.人の顔に表情があることは誰にでもわかるし,クロッキーをすると身体の表情にも少し敏感となる.けれども,植物の形にもこんなにはっきりとした表情があることを,この時ははっきりと「思い出す」ことができた.
  これは「知った」のではなく,「思い出した」のだろう.最近,創画会の藤井智美という日本画家の絵も気になっているのだが,この人の絵の場合は,絵を見た後にはそれまでなにげなく見ていた建物の壁やら木々やらに「絵」が見えるようになった.作者の強い個性に引きずられて見えてきた「絵」というよりは,これも,もともと私の中にあった「絵」を思い出したような感覚だ.
  吉本隆明氏は,良い文学作品というのは,そこに表現されている心の動きや人間関係というのが自分にしかわからない,と読者に思わせる,そんな作品だと述べている.確かに,昔読んだ小説を今読み返してみると,今の私にしかわからないであろうと思われる風景も,そこには見えてくる.絵画もそうなのだろう.「能」が徹底的に表現を削って,その舞の単純な動きの中に見る者の現実と夢の間の世界を描かせるのと同じように,日本の芸術の多くはほとんど空に近くなるまで表現の引き算を重ねていって,その空のところに見る者の世界を描かせる.芸術表現とは,AからBへ意味を伝えるコミュニケーションではなく,AはAにしかわからない表現をして,BもBにしかわからない見方をして,両者が偶然に出会うことによって生まれるものなのだろう.吉本隆明氏の言う「自己表出と自己表出の出会い」とはそういうことなのだろうと思う.

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2012年05月22日

「伝える」

  あるテレビ番組で新開発人工膝関節の「寿命が30年!?」などと報道された件,あらためて,科学における事実とその伝え方の問題を考えさせられた.おそらく人工関節をまったく知らない人が,摩耗量が2/3になったと聞いて再置換までの平均年数約20年を30年にしてしまったのだろう.人工関節はすり減ることによって寿命をむかえるのではない.手術の正確性や摩耗粉に対する生体の反応,材料の酸化疲労破壊などの多数の要因によって再置換までの年数が決まってくる.摩耗粉の生体反応性も摩耗量とは直接には関係がなく,またさらに新開発の人工膝関節は,摩耗よりも酸化疲労現象の抑制を主眼に開発された材料なので上記の予想方法は全くの見当違いだ.もちろん長期に用いられる期待は大きいが「30年」には何の根拠もない.
 これらのことを説明してしっかりと理解してもらうのにはポンチ絵などを用いた相当量の説明時間とわかりやすい表現が求められるのだろう.「わかりやすさ」には正しさのみならず「安心」「不安」「信用」などのそれぞれの価値観に対する共感の能力も含まれる.その説明を最後まで聞いてもらえるだけの話術も必要になる.正確な科学知識と,このコミュニケーション技術の双方を身につけた人材は,世の中にほとんどいない.
posted by トミタ ナオヒデ at 08:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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