富田直秀(Naohide TOMITA)     e-mail: tomita.naohide.5c kyoto-u.ac.jp  ←を半角に変えてください。


Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

E-Mail: tomita.naohide.5c@kyoto-u.ac.jp
(@を半角に変えて下さい。たくさんのメールをいただいており、お返事できない場合が多いと思います。申し訳ありません。)

2018年09月18日

できる、と、できない


  
富田(町井) 直秀

  明後日は中学校での講義がある。今までのように、再生医療、人工臓器とかイキモノとは、といった内容で進めるのか、「私」の発見、という内容も含めるのか、この1カ月ほど、迷いに迷って、未だ迷いの中にある。ある出版社の方は、「私」の発見お話を、ぜひ童話にしましょう、と声をかけてくれている、、、しかし、、できないことをできるようにしようと苦しんでいる若い人たちに、「できる」と「できない」のどちらも、「私」の発見過程ですよ、と伝えることに意味はあるだろうか、、
  私が中学生だったころ、修学旅行でのお寺の講演で「過去や未来を考えずに(いま)に集中して生きなさい」と聞いたその何か月か後に、有名であるらしい教育評論家が「しっかりと将来に目標をもって生きなさい」と講演をした。それぞれに意味があっても、言葉にすると矛盾が生じるのだ。そもそも、こういった内容は、それこそ自分で「発見」するからこそ意味があるのであって、言葉で聞き知る内容ではないではないか。
 まだ迷っている、、 どなたかご意見をください。



posted by トミタ ナオヒデ at 10:57| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月10日

幻想と差別を生んでいるのは、われわれ学者だ(制御と学習)


幻想と差別を生んでいるのは、われわれ学者だ(制御と学習)
   
富田(町井) 直秀

  スポーツ、芸術、教育、そうしてすべての活動において、制御と学習とが混同されているように思う。たとえば、テニス選手が「ラインを狙ってボールを打つ」のは、「私」が身体を制御した結果のように解釈されている。けれども、地面から足、足関節、脚、、と多くの関節を経てラケット・ボールに至る力学構造はとても複雑で多くの誤差を含んでいる。さらに10m以上離れた地点のミリ単位の違いが見えているわけでもない。様々な気象条件下での無数の学習(練習)を繰り返すことによって、身体、ラケット、ボールを含めた無意識の関係性が形成され、その関係性の中に「私」が発見されるのが真実であろう。簡単に言うと心技体が一致しているのであって、難しく言うと、「私」(たとえば評価関数)が決定した後に生じる「制御」ではなく、「私」(たとえば価値関数)が原則的には後で生じる(または、他者が自己に同一化される)「学習」の過程が、まずその根本的な原理である。
  難しい話はどうでもいいが、現代社会や現代の教育現場が、「制御」に傾倒していて「学習」が軽視されていることは大問題だと思う。できない者ができる者よりも劣っているように解釈されるのは、制御の視点でとらえられているからであって、「私」の発見が本来のゴールである学習では、できないことと、失敗の繰り返しこそが自己同一の要点だ。制御と学習は、人間の言葉と技術が、まだそれをはっきりと区別するほどには発達していないのが現実だが、しかし、現場では言葉になりにくい様々な方法でそれが伝承されている。
  わかっていないことを分かったように言って、幻想と差別を生んでいるのは、われわれ学者だ。
posted by トミタ ナオヒデ at 08:13| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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