富田直秀(Naohide TOMITA)     e-mail: tomita.naohide.5c kyoto-u.ac.jp  ←を半角に変えてください。


Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

E-Mail: tomita.naohide.5c@kyoto-u.ac.jp
(@を半角に変えて下さい。たくさんのメールをいただいており、お返事できない場合が多いと思います。申し訳ありません。)

2020年04月25日

コピーできる「わかる」と,コピーできない「わかる」

これをきちんと理解してくれる人が一人でもいたら,死んでもいい,とさえ思うのだけれども,,,2020年の3月に開催が予定されていました,土井シンポジウム「日本哲学と科学」で発表予定だった内容を,授業と同じように,オオさんショウさんのツッコミを入れてビデオ化してみました.以下で限定公開していまーす.

https://youtu.be/TXw9RgcZv7o

(参照:「もっと! 京大変人講座 (単行本),最後の章,,」)
(参照:(技術者倫理人形劇) https://youtu.be/KJjmb90E2mA


posted by トミタ ナオヒデ at 11:16| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

Disposable face and body shield using plastic bags

みかけは悪いけれども,装着のまま顕微鏡を見れるし,装着感も軽い,,
Disposable face and body shield using plastic bags (Naohide TOMITA).jpg
posted by トミタ ナオヒデ at 14:41| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

face shield using commercially available caps and plastic bags

Infection protection goods using commercially available caps and plastic bags.jpg


Can it be used in areas where medical supplies are scarce?




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2020年04月21日

感染防御 an example of infection protection goods using a commercially available plastic bag and umbrella hat.

市販のポリ袋と傘帽子(すげ笠,角笠, 竹笠 ,ベトナム 笠,,)を使った感染防御グッズの例です。医療物資に乏しい地域で使えないだろうか.
This is an example of infection protection goods using a commercially available plastic bag and umbrella hat. Can it be used in areas where medical supplies are scarce?
感染防御 笠帽子.JPGinfection protection goods using umbrella hat.jpg
posted by トミタ ナオヒデ at 19:40| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月06日

「もっと! 京大変人講座 」発刊しました

「もっと! 京大変人講座 」発刊しました,,(本文抜粋)「バカヤロウエネルギーの変換」

 小児科病棟ボランティアでの経験です。長期に入院している子どもたちに、若い学生ボランティアが初めて会うと、ときとして髪の毛を引っ張られたり、服に落書きをされたり、ひどい悪口を言われたり、およそ彼らの日常からは考えられない「悪さ」をされることがありました。またクリスマスなどの病棟行事で、医師たちがふだんは見せない「おかしな」「ふざけた」「悪い」姿を見せると、子どもたちはとても喜びました。彼らは必死で「悪さ」を欲していたのではないかな、と思います。医療スタッフや親たちの「わけのわかった理屈」の中で「よい子」を演じ続けなければならない子どもたちの中では、わけのわからないエネルギーが限界近くまで抑えられていたのだと思います。現代の世の中も、また「悪さ」を求めているのだ、と私は感じます。その「悪さ」は理屈や力で制御される対象ではないのだと思います。
posted by トミタ ナオヒデ at 07:58| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

できない絶望,できてしまう絶望

できない絶望,できてしまう絶望
                      富田(町井) 直秀

 昨日,高校時代の友人とウェッブ飲み会をしてみた.その楽しさや注意点(飲みすぎる,恥ずかしい姿をウェブ上に晒す,,などなど)は後ほどご紹介するとして,そこで話題になった,様々な「できる」(とんでもない芸術やスポーツや勉学の力を持っている)人たちの噂話には,いろいろと考えさせられた.

 私はとにかく「できない」高校生だった.「できる」ことの裏側には必ず記憶力の裏支えがあるのだ,と私は思う.しっかりとした感覚記憶に支えられた芸術表現やスポーツ,膨大な事物を記憶のステージに挙げて考える判断力.私の記憶力は,子供のころから痴呆老人のそれであって,とても狭いステージの上に「いま」の一瞬だけ載るほんの小さな事物に,時として全霊で集中することにしか,生きている,という感覚を保持する術はなかった.この「いま」にしがみつくことと,ふがいなさに脱力することの繰り返しの,いわば「できない」絶望を,私はひたすらに隠して生きてきた.
 本当に「できる」ひとたちが「できてしまう」という絶望を持っていることを知ったのは,まだ最近のことだ.そうして,私の目にはそういった絶望を持つ人こそがホンモノなのだと映っていた.彼らの世界観の奥行きの広さは,いくら背伸びしてみても垣間見ることさえできないのだが,この「できてしまう」絶望は,豊かな記憶力の上に形成された広大な「できる」の城にあるのではなく,記憶力の下の「いま」にうずくまって生と死との狭間を徘徊する,私がいつもうずくまっていたあの場所にある.
 60歳を越えて,こうして酔いどれて,そういった雲上の人たちのことを噂するに,どの人も,どんな人生にも,ニセモノということはなかったのだと思い至る.「できない」絶望も「できてしまう」絶望も.その壮絶さは,この瞬時の酒の肴のようであって,「どうしてる?」「いやあ大変だよ」という世間話の内側にへばりついている.
posted by トミタ ナオヒデ at 14:18| Comment(1) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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