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Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

E-Mail: tomita.naohide.5c@kyoto-u.ac.jp
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2012年03月04日

リスクコミュニケーションとコミュニケーションサイズの縮小

前回のブログで述べた内容は,具体例がないとわかりにくいと思います.
医工関連の講演会でしゃべる内容を少し変化させてここに掲載しますね

「医療技術開発におけるコミュニケーションサイズの縮小」

     富田 直秀
    京都大学工学研究科機械理工学専攻医療工学分野

はじめに:  医療・福祉技術が高度化すればするほど,その対価の支払いの多くを保険に頼る現行の医療・福祉制度を不安定にしてしまうジレンマを抱えている.講演では,生活及び経済活性と健康との関係を定量的に計測する効用値計算に関してその例を示し,後半に医療・福祉技術開発におけるコミュニケーション環境の役割に関して述べる.本稿では,後半の話題からコミュニケーション環境の充実による医療技術開発の適正化を提案する.専門家が机上で発案したアイデアをトップダウンに実用化させるのではなく,現場に密着したニーズの中からボトムアップに創成されるワークショップ型の医療・福祉技術開発が望まれている.

1. 医療技術と医療崩壊
 日本の次世代の成熟産業として医療・福祉技術に注目が集まっている.事実,日本発の医療・福祉技術の質の高さは世界に認められつつある.しかし,医療・福祉技術が高度化すればするほど,その対価の支払いの多くを保険に頼る現行の医療・福祉制度を不安定にしてしまうジレンマを抱えている.また一方において,難病とされてきた疾患が救命可能になった一方で,救命し得たものの,何らかの障害を残し家族や関係者が日々様々な挑戦を余儀なくされる状況も増加しつつある.そもそも医療・福祉技術は何のためにあるのか,社会経済基盤と医療・福祉の関係はどうあるべきなのか,といった哲学を欠いたまま,科学者が予算獲得のために描いた夢に踊らされているのが現代の医療・福祉技術開発の現状であろう.
本稿ではコミュニケーションの充実による医療技術開発の適正化を訴える.それは,増大する医療負担の根本原因の一つに,本来コミュニケーションで解決すべき問題がモノで解決されている現状があるからである.また,現場とのコミュニケーション,特に,医療を受ける側とのコミュニケーションがないままに,専門家の独断で医療・福祉技術開発が長年行われてきた結果,日本には臨床にとうてい使用し得ない,レベルだけが高いとされる技術が山積されているからである.
世のため人のためと鳴り物入りで開発される医療技術が,かえって医療を崩壊させる方向にも働いている現実を,開発者である我々はしっかりと自覚しなければならない.

2. リスクコミュニケーションの重要性
 技術の事業化にともなうリスクは,過誤と有害事象とに分けることができる.有害事象の中には発生頻度は低くとも,有害性がとても高く,またその防止策がとても難しい「魔の領域」が存在する.この魔の領域への対処として,従来よりリスクマネージメントの考え方が適応されてきた.相当量の安全性確認作業の後にも,確率が低く有害性の高い事象の可能性をゼロにすることは困難であるため,リスクマネージメントでは,たとえば発生確率と有害性をかけ合わせることでそのリスクの大きさを評価する.しかし魔の領域には,「想定外を想定する」という自己矛盾的な構造も内包されているため,その発生確率の定量化はきわめて困難である.また,1パーセント以下の低い確率で生じる有害事象に対する心理的な理解には限界がある.現実には,「大丈夫」「安心」といった価値観の違いが放置されたまま,価値観と関わりのない科学的説明だけが繰り返されている.
「魔の領域」の有害事象は,本来マネージメントによって対処される対象ではない.異なる価値観を有する人同士がコミュニケーションを行い,もともと何が求められているか問い直す場の設計(リスクコミュニケーション)がなければならない.科学者や専門家の多くがこのリスクコミュニケーションの立場を基本的に誤解している場合が多い.(科学に基づいた正しい情報を伝える)のみならず,その情報の上に立った(科学者自身の価値判断の自覚と双方向的な価値観の共有)こそが,リスクコミュニケーションの基本である.たとえば,発生頻度が低く有害性が高い事象に対する「大丈夫」という科学者自身の価値判断が,科学的判断として一方的に説明し得ると誤解されている場合が多い.リスクコミュニケーションでは,研究者個人が自身の価値観を自覚し,相手の価値判断を尊重する真摯なコミュニケーション能力が求められている.

3. 安心(ANSHIN)性と安全性
 「安心性」という言葉はリスクコミュニケーションの立場から筆者が造語した用語である.前述のごとく,リスクコミュニケーションにおいては,科学に基づいた正しい情報を伝えることのみならず,科学者自身の価値判断の自覚が重要となる.たとえば,人工膝関節の寿命を延ばすために筆者らが開発したビタミンE添加ポリエチレンにおいて,dl-α-tocopherol (ビタミンEの一種)を選択した最大の理由は,「身体内に存在しているから未知の危険性が少ない」と自身の価値判断(科学的判断ではない)を比較的容易に患者に説明し得るが故である.また,現在開発中の貼付型軟骨再生システムにおいてフィブロインスポンジ(絹糸をさらに精製し他タンパク質)を選択した理由も,この材料が近傍に組織を形成する cell derivery 機能を有している云々以前に,手術用絹糸として外科に用いられた長い歴史を有しているからである.これらはみな安全性を証明する情報ではなく,あくまで未知の危険性に対する主観的な安心性ゆえの選択である.
この「安心性」は安全性のように客観的定量的な評価の対象外である.医療技術においては効果のみが得られる治療はきわめて稀であり,効果と副作用とが量として対比されてその事業化が検討される.そのため定量比較が難しい「安心性」は,現場においては最重要項目でありながら,事業化プロセスの中に取り込まれにくい.しかし,たとえば整形外科分野のように直接に生命予後には関わらず日常生活の質を改善する医療分野においては,この「安心性」が事業化における最重要事項の一つとなる.
 これは何も難しいことではない,たとえば「現在あなたが開発している技術は,あなたやあなたの家族に用いてほしい技術だろうか」,あなたがもし医師であれば「あなたが患者に対して行っている同じ治療を,あなた自身や家族に対しても行うだろうか」,といった問いを医療福祉技術の開発者たち自身が自問するところに,安心性が生じる.安全性は考慮していても,本当にその技術を自分が受ける側となったときに,本当に安心だろうか,本当に必要とされている技術なのだろうか,と,まず開発者が自身のモチベーションを自覚するだけでも,現行の医療・福祉技術開発で行われている膨大な無駄のボトムアップな解決が始まると,著者は考えている.

4. コミュニケーションサイズの縮小
 かく偉そうに述べてきた筆者は,「脚」を使い実質的に医療現場を改善してきたのか,と問われれば,その答えは「否」である.おおかたの公的研究機関の研究者と同じく,筆者も文章書きと予算の獲得に奔走してきた.もし言い訳を許されるならば,論文のレベルや研究費獲得額で成果評価が行われる現行の制度下では,創造的なものつくりに必須である試行錯誤的な作業に注力することは難しい.また短期間で学生に論文を書かせるためには,試行錯誤による創成よりも論理形式を重んじる論文のための研究を選択させる場面も多い1,2).
では,研究の評価を変えれば問題は解決するのだろうか.確かに,試行錯誤を重んじる評価方法の確立は,役に立つ研究の推進にとって必須の作業である.ただ,より根本的には,現代の医療技術開発や医療そのものの巨大化・専門化がある.その巨大化・専門化に対応して,専門家間のコミュニケーションは言葉や数字を媒介としてつながれている.前述の「仕様」も現場と技術者とを媒介する言葉の一種である.言語化によって目的が明確化する一方で,利他的なモチベーションや「勘」による総合的な創造作業が希薄にとなってしまった.試行錯誤が評価されるか否かの問題以前に,試行錯誤を繰り返すエネルギー源としての利他的なモチベーション自体が衰退している.医療・福祉分野のように多様な価値観の中で試行錯誤的に育てられなければならない技術開発では,「勘」とモチベーションの欠如は決定的打撃である.直接に接することのできる距離にまで近づくコミュニケーションサイズの縮小が必要とされている.

5. インクルーシブデザイン等の動き(小さなコミュニケーションに始まるものつくり)
前述のコミュニケーションサイズの縮小に関連する様々な動きがすでに開始されている.福祉分野ではインクルーシブデザインという概念が提唱され,高齢者や障害のある人などの特別なニーズを抱えた消費者がデザインプロセスの上流工程で積極的に参加する開発が成果を出しつつある3,4,5,).思えば,医療・福祉分野において当事者である患者,障害者がその開発過程から排除(Exclude)されてきたことこそが異常な開発形態であったようにも思える.知的財産権の所属,秘密契約のありかた,試作過程の簡略化,安全性保証など実際的問題は多々あるが決して乗り越えられない壁ではない.利用者個人を含んだ(Include)ワークショップ型の医療・福祉技術開発の利点は,できあがったモノの合理性のみならず,その開発過程の真摯さ,明るさにある.直接に「ほんね」をぶつけ合う小さなコミュニケーション環境の中でヒトの多様性に対峙した技術が育っていく過程は,ものつくりの楽しさの原点でもある.

Reference
1)富田直秀.: 書を捨てず,町へ出よう 科学的事実を生活に結びつける工学. 臨床整形外科, 46(4): 348-352, 2011.
2)著者ブログ: http://tomitaken.seesaa.net/ .
3)フィールド情報学入門 ―自然観察,社会参加,イノベーションのための情報学― 共立出版 (2009)
4)塩瀬 隆之,隅田喬士,戸田健太郎,川上浩司,片井 修,聴覚障害ユーザが参加するデザインワークショップにおける情報保障,ヒューマンインタフェース学会研究報告集 : human interface 9(4), 17-20, 2007-11-21
5)西山 里利,塩瀬 隆之,西山 敏樹,他 ,看護におけるインクルーシブデザインワークショップ手法活用の可能性. 日本看護技術学会誌 9(1), 50-54, 201
posted by トミタ ナオヒデ at 18:29| プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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