富田直秀(Naohide TOMITA)     e-mail: tomita.naohide.5c kyoto-u.ac.jp  ←を半角に変えてください。


Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

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2013年02月07日

(目に見えない)悪循環をターゲットとする

  イキモノや社会の関わる問題の多くは悪循環に起因する.ここで詳しくは述べないが,例えば,痛みの悪循環,貧困の悪循環,廃用症候群の悪循環,,,などなど,悪循環の名称が付けられた現象だけでも数多く知られている.そうしてたいていの場合は,痛み,貧困,廃用変化,,といった悪循環の中心となる現象がその問題解決のためのターゲットとなっている.しかし,本当に痛み,貧困,廃用変化,,といった現象への対処が悪循環への根本対策なのだろうか?
  最近,耳鼻科分野での興味深い話を聞いた.有効な治療方法が確立しておらず,未だに多くの人が苦しんでいる(長期に続く)耳鳴りの治療に対して,音が聞こえる,という現象のみではなく,その悪循環全体をターゲットとした治療システムが発達しつつあるという.長期の耳鳴りの場合,耳鳴りが不快と認識され,その不快のために頭の中にその音を強く意識する現象が発生し,その現象がストレスを招き,そのストレスがさらに耳鳴りに対する不快感を深める,という悪循環の存在があるという.夜間のように,悪循環を遮断する刺激の少ない時には,不眠,精神的緊迫などのためにさらに悪循環が生じやすいらしい.たとえば,TRT(Tinnitus Retraining Therapy)では,この悪循環を壊すために,別の音をかぶせて耳鳴りに気が向かないようにする音響療法や,悪循環の回路を理解するカウンセリングなどが行われている,という.つまり,「音が聞こえる」という現象をターゲットにするのではなく,目に見えない心理作用を含めた悪循環回路全体への理解と対処をおこなう治療システムであるらしい.まだその治療現場を取材したわけではないので,あくまで聞き知った知識として把握しているだけだが,心理,聴覚,看護などの様々な要素が多様に絡んだ悪循環に対応できる多分野横断型のシステムが成立しつつあるのではないだろうか,と想像している.
  悪循環の中心となる現象のみではなく,悪循環回路全体をターゲットとするシステムの構築は,言葉で言うのは簡単でも,実際にはとても大きな問題を含んでいる.たとえば,整形外科分野では痛みの悪循環への対処が重要だが,ただ単に「痛みと友達になりましょう」などと,その痛みの渦中にない者が言葉で説明するだけではかえって不信を招いてしまう.現実の痛みに苦しんでいる患者にとっては,やはり痛みという現象の消滅が治療に求める第一の効果だからだ.最近では少量のオピオイド(麻薬の仲間)を含んだ様々な製剤が広く使用されつつある.もちろんその適応には厳しい基準があるが,それらの優れた除痛効果がエビデンスとして定量的に示されやすいだけに,かえって危惧も感じざるを得ない.痛みは,正常な身体異能を維持させるための大切な感覚でもあるので,除痛のための強力なツールをしっかりとコントロールして使うのはそう簡単なことではない.治療者は,「痛み」という現象だけに振り回されずに,目には見えにくい悪循環全体を見据えていなければならないだろう.
  私自身の例をお話しよう.先日の腰痛発作で,動作のたびに全身を貫いていた激痛は,神経根症状と思われる右臀部の疼痛に変化して,今も残存している.たとえ痛みは鈍痛となっても,常に痛みの中で暮らしていると,時に,居ても立ってもいられない焦燥となることがある.おそらく,この痛みとは長い付き合いになるのだろう,と(一応専門家としては)観念しているのだが.一方では,やや楽観しているところもある.こういった神経根性の痛みとの付き合いは,これが初めてではなく,20代の後半に剣道の練習中に受けた外傷から頚椎症を患い,その時には左肩から親指にいたる逃げ場のないしびれと痛みに苦しんだことがある.その症状自体は今も消えてはいないのだが,私の脳は上手にこの症状を隠しているらしく,このように思い出した時にだけ,左腕のしびれと痛みが襲ってくる.おそらく,この臀部の痛みもいつか同じように「忘れる」ことになるのだろう.
  この「忘れる」または「痛みと友達になる」という目に見えないあやふやな結果は,それをエビデンスとして定量評価するのがとてもむつかしい.先に紹介した耳鳴りの治療では,耳鳴の苦痛度及び生活障害度としてTHI(Tinnitus Handicap Inventory)が提案されており,さらに一般的な尺度としては様々なQOL(Quality of Life)評価も存在するのだが,それらの多くは暗示や先に述べたオピオイドを含んだ製剤でも改善してしまう.たとえば,同じような障害を受けても交通事故などでは長くその症状が消えないことが多いのだが,以前に整形外科医をしていた私の実感としては,わざと症状を訴えている場合はむしろ少ないように思う.心理作用も加わった痛みの悪循環が患者本人を相当に苦しめていたように思い出す.そうして,愁訴を根気強く聞いてあげることと,抗不安薬などの投与くらいしかなすすべがなかった例も多い.
  東北震災時のブログにも書いたが,社会的にも,こういった心理作用も加わった逃げ場のない苦しみの悪循環が日本の各所で生じているのではないだろうか.痛み,貧困,,のような悪循環の中心となる現象のみをターゲットとするのではなく,悪循環回路全体をターゲットとした科学的な対策方法が,つまり,心理やコミュニケーションなどの見えない対象を扱う専門家と,エビデンスとして見える現象を扱う専門家とがチームとなり,多様に絡んだ悪循環に対処するシステムとその構築理論が,イキモノや社会に関わる問題解決のための科学的方法論として求められている.集学的なシステム構築のポイントは,その効果の評価方法の構築であろうと思う.エビデンスとして評価できなければ,様々な胡散臭い方法論の巣窟となってしまうからだ.

(TRT療法の説明では,名古屋第一赤十字病院耳鼻咽喉科,柘植勇人氏のHP(http://www.nagoya-1st.jrc.or.jp/3/library/trt.html)を参考とさせていただきました)


posted by トミタ ナオヒデ at 16:56 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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