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Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

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2007年08月10日

「摩耗の問題」

再生研時代に書いた、わらいばなし、、のつもりです。
剣道のお師匠、E殿。申し訳ない。



          「摩耗の問題」

なおひで

 股関節は英語で "HIP JOINT" 文字どうり、おしりの関節と言い表わす。股関節とはご存じのように太股の付け根にある大きな関節の事だが、日本においてもこどもに説明するときなどにはしばしば「おしりの関節」と表現する。しかし、股関節痛で来院したこどもに「おしりのところが痛いの?」などと聞いても、え?と要領を得ない。たしかに、おしり、と言えば普通は後方のぷよぷよした大臀筋のあたりを表わすのだから、ピンとこないのがあたりまえであろう。幼児や小学校低学年の子が、膝や腰が痛い、と言って来院した場合でも必ず股関節も診察してみなければならないのはこのためである。
 さて、もう十年ほど以前の話である。私はそのころは完全に臨床を離れ、もとの工学者に戻って生体材料の研究に専念していた。その研究の一つに人工関節用のポリエチレンに関する研究があった。人工関節の摺動面には多くの場合、金属とポリエチレンの組み合わせが使われている。人工股関節ではポリエチレンの摩耗自体によって関節が壊れることは希だが、人工膝関節では狭い場所で荷重を支えているためにしばしばポリエチレンの激しい破壊が生じてしまう。人工関節の歴史では人工股関節がまず開発されたために人工股関節の摩耗に関するデータはたくさんあるのだが、人工膝関節のポリエチレンの破壊に関する我々の知識は実に貧弱であった。
 ある日、私が研究所の事務室で文献をコピーしていると、工学部の大学院に入学したばかりの E君が部屋に入ってきた。 E 君は大学の剣道部でも指折りの剣豪であるとの噂であった。話す表情の優しさや話題の軽さから剣豪らしさは感じられないが、姿勢といい体格といい、黙ってさえいればなかなか威圧感のある好人物であった。また、彼は生体材料の研究がしたいがためにわざわざ他の研究室からこの研究所に移籍してきた、というまじめ学生らしい。基礎は卒業した、大学院は応用だ、と日頃からなかなか意欲的な研究態度を示しているとのことだった。彼が研究所に来る以前に行っていたのがポリエチレンの合成に関する研究であり、また私も剣道をたしなむのでなにかと話をする機会も多かったのである。
 彼が部屋に入ってきたときに私がコピーをしていたのは人工股関節の摩耗に関する文献であった。その論文は臨床症例を報告しており、私の目からはさして重要な論文であるとは思えなかったのだが、机の上に置いてあるその文献に目を留めた E 君はしばらく釘付けとなったように動きを止めた。その頃の彼はまだ生体材料の研究を始めたばかりであったが、彼の計画している研究に関連するよほど重要な内容が書かれていたのだろう。彼は机に置かれたその文献に覆いかぶさるようにして一心不乱といった様子で読みだした。なるほどうわさどおり熱心な学生だ、と感心しながら英文に目を走らせている E 君を見ていると、その横顔は淡く上気してきたようにも思える。いったいこの論文の何が彼をこんなに引きつけたのだろうか。私の研究対象は膝関節だったので、こういった人工股関節の摩耗に関する論文は簡単に斜め読みをしてしまうのが常だった。人工股関節に関するよほど貴重な内容が書かれていて、それを私は見逃していたに違いない。
 しばらくすると、E 君は赤く上気した顔を私に向けてこうたずねた。
「せ、先生、この ヒップ と言うのは、、あの、、、おしり、のことですよね。」
「、、、、、、、、」

人工おしりの摩耗に関する文献は私もまだ見たことがない。







posted by トミタ ナオヒデ at 13:34| 喫茶室(創作、笑い話、その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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