富田直秀(Naohide TOMITA)     e-mail: tomita.naohide.5c kyoto-u.ac.jp  ←を半角に変えてください。


Dr.Tomita

プロフィール

富田直秀(Naohide TOMITA)材料工学出身。もと整形外科医。現在は医療工学、デザイン、再生医療、バイオメカニクス、バイオトライボロジーなどの研究をしています。

研究とは切り離しておりますが、学生の頃から少しずつ創りためている文章、絵、写真なども公開しています。興味のある方は右のMENUからお入りください。

E-Mail: tomita.naohide.5c@kyoto-u.ac.jp
(@を半角に変えて下さい。たくさんのメールをいただいており、お返事できない場合が多いと思います。申し訳ありません。)

2019年06月10日

山極総長の講演

  京大‐フランスの国際会議「Does-Nature-think-自然は考えるのか」
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~future/news/2019-6-6-8.html
  最終日の山極総長(京大)の発表(Japanese Concepts on the World Living Things)は圧巻だった。この人の方法論には少々異論もあるのだが、徹底して対象に入り込む実体験を基盤とした(命がけの?)発表には、講演という一方向コミュニケーションであるにもかかわらず、対話的な感覚が感じられた。また、現代社会に対する危機感にも共感がある、、賛否両論はあるが、まずは何とかこの講演動画の公開を実現させてみたいと思う。

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2014年01月31日

願いと祈りとの違い

  願いと祈りとの違い  
        富田直秀

  宗教が,なぜこうも争いの火種になるのだろうか,と海外のニュースを見聞きするたびに不思議に思う.日本の歴史の中でも,争いの影にはいつも宗教の姿があった.権力と宗教との関係云々の以前に,祈る行為と争いとが同じ日常の中にあることに違和感はないのだろうか.
  強い願いがあって,その願いが別の強い願いによって妨げられるならば,確かにそこには争いが生れるのだろう.心からほしい何かを取り合うならば,赤ん坊であっても,いや赤ん坊のように無垢であるからこそ時に残酷な争いが生じる.しかし,本来,祈りには目的がないのではあるまいか.祈りが目的を持ったならそれは願いではないか.こころの底からの強い願いを祈りと称しているところに,争いの源があるのではないだろうか.
  私は特定の宗教を持たないが,ここ数年の間に医療事故や初期乳がん等が次々と妻を襲い,いつの間にか祈りのような行動の習慣が身についている.無事を祈るのだが,しかし,無事は私の願いの目的であって,祈りの目的ではなかった.妻の病状が悪化して絶望が心を支配するにつれ,私の願いは少しずつ祈りに近づいていったように思う.結果的に妻は健康を取り戻したのだが,その奇跡が祈りの結果だった,などと言いたいのでは決してない.ただひたすら無心であったところにこそ祈りの意味があったように思う.
  どのような宗教でもその根本のところでは,この祈りの無目的性を唱えているのではあるまいか.それぞれの宗教の,それぞれの指導者が教えの歴史の中に祈りの無目的性を探し出すことができれば,宗教を争いから遠ざけることができるのではあるまいか.
  蛇足を続けるならば,かつて臨床医師であった私は,気力が,おそらく免疫系を介して感染症などの抑制に想像以上の効果をもたらす事実をいくつか見てきた.それと同時にいかに真摯な祈りであっても現実を変えることはできないことも目の前に見てきた.気力によって物事が好転する例があること,祈りによって物理法則までが変化して奇跡が生じるわけではないこと,そうして,祈りによって心の平安が得られること,それらが混同されて,宗教を司る者までが祈りに目的を付随させてしまう習慣を身につけてしまったのではないだろうか.気力による願いの成就という現象(おそらく,気力の免疫作用や,集中による効率化といった効果が影響しているのだろう)を祈りと混同してはいないだろうか.苦しむ妻の前で何もできなかった,というその絶対的な無力に祈りが生じた.この絶対無力の上に祈りが存在していること,だからこそ祈りは本来無目的であること.このことは,どのような宗教でもその長い歴史のどこかではかならず教えとして述べられているはずだ,と,私は科学者のはしくれとして確信する.それは,この祈りと願いとを区別して祈りを無目的とする姿勢が根底にあるからこそ,宗教と科学が,宗教と現実生活が,そうして,宗教と芸術とが調和をして今日まで共存してきたのだろうと考えるからだ.


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2013年12月30日

奥行きを「み」る (医療工学の視点から)

(2013年度,京都市芸術大学テーマ演習「奥行きの感覚」(中ハシ克シゲ,重松あゆみ,小島徳朗)資料)


奥行きを「み」る
(医療工学の視点から)

                   京都大学工学研究科医療工学分野 
                    富田 直秀(tomita.naohide.5cアットマークkyoto-u.ac.jp)

  まず,私は一種の書痙であって,子供のころから字や絵などは大の苦手であった.中学時代の担任であった初老の教師は,長い職歴の中で私ほど字の汚い人に会ったことがない,と言った.意識的に制御しようとすればするほど私の手指から生まれ出てしまう「不良」の形や色が,この文章を読んでいただくための,まず第一の背景である.その私から見ると神様のような目と手指を有している芸術大学の先生や学生の方々が,その技術を否定したり,また時にはそれを「邪悪」などと言って悪ぶるのだから,上記のような背景を有する私は(少なくともこの文章の中では)徹底的にグレてやろうと思うのである.
  私はさらに病的な記憶力の悪さを有している.意味の流れの中に位置しない名詞を一切覚えることができない私は,頭の中に現実のシミュレーションのような機能を持っていて(これは実はだれにでもある機能なのだが),そのシミュレーションを過去に戻して記憶を補ったり,また時には未来にシフトさせて予測を行って,日々の生活をかろうじて支えている.記憶力の悪さは画像記憶にまで及んでいて,つい数秒前に見ていた画像も,懐かしい友の顔もすぐに忘れてしまう私は,やはりシミュレーションを過去に戻して画像を呼び起こしたり,また未来にシフトさせて構造の変化を予測しているように思う.スポーツ選手が一瞬先の予測像を無意識に「み」て素早い動作を実現しているように,おそらく,これも多かれ少なかれ誰にでも生じている現象であろうと思う.つまり,私たちが現実として「見」ているつもりの画像には過去や未来の予測像がある程度含まれているであろうこと.これが,この文章を読んでいただくための第二の背景である.
  さて,この文章を書きはじめた今日は,テーマ演習「奥行きの感覚」の先生・学生とともに豊田市美術館に,不思議な「奥行」を感じさせるジャコメッティの像を「み」に行ってきた.海外出張と国内出張に挟まれた一日を,しかも重要な研究費の応募締め切りを目前にして忙殺されているはずの時間を,ただぼんやりと「み」ることにすごしている私は,すでに相当に芸大時間に馴染んできている.この集団の中にいると,課せられた義務を忘れて存在に対峙することが,まったく異常ではなくむしろ自然に感じられる.そうして,工学部で鍛えられた脳みそ,つまり,漫然と存在するモノを座標に囲んで時間に分断して「理解」しようとする脳みそでは決してとらえることのできない表現,たとえば,「ここからみると違った世界が広がるけれども,こうみるとただのモノになってしまうでしょう?」といった言葉が,たしかな実感を伴って迫ってくる.工学部で使われる「見」るという動詞は,おおよそ3次元空間内に漫然と存在するモノを2次元に投影して脳に送り込む現象を表すが,ここでは,今,今,今,,と続く偶然の出会いの集積を全身で受け止める体験が,「み」る,であるらしい.
  工学は事実とその関係性を座標の中に描くことによって「理解」し,さらに設計という作業を経て機能を創造する.私が専門としている医療工学の世界では,ヒトが歩いたり喋ったり食べたり考えたりする現象を様々な座標の中で機能として「理解」する.歩く機能、喋る機能,考える機能,そうして生きている機能をどう定量化して,どのように技術で支えるのだろうか,といったことを考えている.そういった活動の一つ一つは真摯に進められているのだが,問題は,それらの活動が科学として座標の中で「理解」されればされるほど実感を離れ,技術に「私」が不在となり,その効果が他人事となってしまうところにある.私たちは病人や障害者を客観的に「見」ることはできても,その出会いを「み」ることができなくなってしまった.今日の私が,課せられた義務を忘れてジャコメッティの像の前にぼんやりと立ち,この不思議な存在感を「み」ることを学ぶのには,十分な言い訳があるのである.
  それでも,科学的な「理解」に洗脳されている私の脳は以下のように考えてしまう.たとえば,立体の正面像の輪郭線形状を「見」ただけで側面像の輪郭を言い当てることは原理的には不可能であるはずである.正面から見て円形であった像の側面像は四角でも三角でも無数の可能性がある.我々が,人の顔の正面輪郭像を見ただけでその側面輪郭像を相当に高い確率で言い当てることができるのは,おそらく,得られた二次元画像を記憶された顔の様々な立体像パターンにあてはめて認識する(パターン認識)を無意識に行っているのであろう.さらに前述の脳内の現実のシミュレーション像を立体視した情報とを結びつける一種の座標変換のトリックによってジャコメッティの像が創りだす奥行の感覚も理解することができるのかもしれない.しかし,それは「理解」しただけ,つまり座標に囲んで時間に分断してその関係性を心に描いただけのことであって,おそらくわたしたちが求めているのは,理解よりももっと実感を伴った納得であり,事実よりもさらに存在そのものに関わる真理なのだろう.
  グレた脳みそはさらにこう思うのである.理解のない誤解があることはまあ認めよう.しかし,そもそも誤解のない理解などあるのだろうか.理解と誤解とは独立に存在するのではなく,理解は誤解の中に包含されていると,私は思うのである.私がかつて臨床医であったころ,病に倒れ,自身の行為を自己決定できず,周囲との関係性を断たれ,さらに死を意識した人たちに対して,私たちは患者の機能回復を目的として行動した.その努力は医学的な理解に従って行われたが,別の視点から見ると医学はヒトの存在に関わるとても大きな誤解の上に成立しているのかもしれない.たとえば,命の長さだけではなく命の深さを考えるような「奥行」の概念は,医学が持つ科学的な座標の中だけでは表現され得ない(著者ブログ(http://tomitaken.seesaa.net/)2013年07月27日「なぜ,医療にアート・デザインが必要なのか」参照).検査技術の発達やエビデンスの確認によって身体機能は以前よりも正確に「見」えるようになってきたが,患者の棲むリアリティの世界をしっかりと「み」(看,観,診,,,,)ているか否かは,まったく別の次元の話である.
  ずいぶんと脱線してしまったようだが,要するに,神様のような目と手指を有している芸術大学の先生や学生の方々が,その技術を否定したり,また時にはそれを「邪悪」などと言って悪ぶるように,患者から見ると神様のような技術を持った医師たちも,また設計能力に優れたエンジニアも根本的な疑問の目で技術と機能という視点を疑ったり,また時には「邪悪」などと言って悪ぶる必要があるのだと思う.私がこのテーマ演習「奥行きの感覚」に参加させていただき,ジャコメッティの像など様々な作品に対峙し,多くの先生方や学生と時間を共有して「奥行き」を知ることの意味は,単にその感覚のメカニズムを理解するためだけではない.正確に理解すればするほどとてつもない孤独の中にある「私」が,モノを介して自他の渾然とした「私」と出合うことができる奇跡(在り難さ)を知る,そうして,真のリアリティとは何か,といった問いに向かう一つの道筋が,この出会いの中に見つかるような気がしているのだ.


P.S.:2013年10月27日にここまでの原稿を擱筆したのだが,その後の経過もお話しておかなければならない.久しぶりにテーマ演習に参加すると,中ハシ克シゲ先生と小島徳朗先生がお互いをモデルとして試験的に粘土を造形する現場とその生の作品に出合うことができた.その時に,私の目の前に現存していた強い存在性は,私の立脚する(工学的な?)リアリティを揺るがして今に至っている.私たちが「事実」を確かめるために用いる科学的認知は線条性linearity,つまり,逐次情報を感知して頭の中に論理的に積み上げることによって構築されている.その世界では,たとえば同時を同時として観察することは不可能である.現示性presentness,つまり,全体を同時に直感的に把握することのリアリティを,私たちはもっと重視しなければならないのではないだろうか.「長い文章を書くとね,創作ができるようになるまで相当に苦労をするんですよ」と中ハシ先生は言われる.おそらく,線条性を離れて現示性のリアリティを「み」るのは,私が考えているほどにたやすいことではないのだろう.テーマ演習「奥行きの感覚」は,言語的表現と科学的認知の線条性に頭の先まで浸かって生活をしている現代人が,現示性のリアリティを「み」ることの難しさと重要性とを,私に語っている.






                            
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2012年09月05日

政治家毛嫌い

政治家毛嫌い
                            富田 直秀

  好きと言っておきながら結局嫌いであったり,嫌いと言っても好きなところもあるのならば,いっそのこと好きを嫌い,嫌いを好きと言い換えても同じことだろう,と自身のブログの「好き嫌いシリーズ」を読み返してみて思う.しかし,「政治家」だけはどう逆さまにひっくり返して見ても,好き,とは言えない.これは主義でも主張でもない.政治家のずるさが嫌なのか,うそつきが憎いのか,女性にもてるのが悔しいのか,世のため人のため面(ずら)が気持ち悪いのかかよくはわからないが,とにかく,ひたすら気色が悪い.たとえば,ムカデが実は貴重な益虫であったとしても,たとえこれが地球を救うイキモノであったのだとしても,決してムカデを好きとは言えないであろうことによく似ている.
  気色が悪いのは政治家であって政治そのものではないのだが,その巣窟である政治にも極力近づかず,政治的な発言も厳に慎む生活を高校生時代からつい今しがたまで続けてきた.国のまつりごとのみならず,学会,教室,あらゆる場面で政治臭を感じるところに私は近づかない,いや,政治に付き合っていくだけの記憶力やら注意深さといった能力に欠けているのだから,もともと近づくことができない.私の思春期のころは右とか左とかの色メガネをかけた子ども政治家が身近にいて,それぞれのメガネにかなった人を自身の巣に引き込もうとしていた(と,私にはそう見えていた).私も,もちろん私なりの色メガネをかけているのだが,私のメガネに映るのは,右やら左やらの区別なく彼らの背中にうごめいていた何本もの脚だった.私は,当時,無気力の象徴とされていた「ノンポリ」という種に(今は当たり前に主張できるが,当時としては珍しく)積極的に属そうと努力をしていた.
  しかし,私の「ノンポリ」への積極性を危うくさせる状況が1988年にあった.昭和天皇の病気平癒を願う記帳所が全国に設けられ,奈良県の橿原で研修医をしていた私の周囲では,忙しい時間をやりくりして多くの友人たちが記帳に行った.この時,ノンポリという選択は許されず,記帳すれば右,記帳しなければ左,という暗黙の選択がつきつけられた(ように私には思えた).結局のところ,私は記帳には行かなかった.私は(おそらく,これが私の生れて初めての政治的発言だが),賢いことよりも強いことよりも「ずるくない」ことを上位に置く文化としての象徴天皇制を尊重する.グローバル社会の中で日本が日本の「質」を主張するならば,「ずるくない」文化とそのよりどころはこれからも重要になってくるだろうと予想している.1988年当時にはそこまではっきりとした意識を持っていいたわけではなかったが,政治を離れて昭和天皇ご自身への好感はあったので,もし無記名の行動であれば私もそれに参加したのだろうと思う.私の行動を決定づけたのは,当時研修医仲間であったある友人の「記帳しなければ,将来に不利益になるかもしれないだろう」という一言だった.この友人に反感を覚えたのではない.この友人に賛同する自分の背中にうごめく多数の脚を感じたのが,記帳をしなかった一番の理由だったろうと思う.カフカの「変身」の中で朝起きると巨大な虫に変身していたグレーゴルの焦燥が,まさにこの時の私の感覚に近いのではないだろうか.自分の毛嫌いする対象が実は自分自身であったことへの焦燥をかかえて,結局私は記帳をしなかったが,逆に記帳したとしても,もちろんこの焦燥は収まりはしなかった.
  個人の利益や集団の利益,正義感,名誉欲,,,様々な脚を統一的に動かしてこれを思想と呼ぶことの気色悪さは,たとえこれが役に立つのだとしても,人類生存のための切り札なのだとしても好きにはなれない.すでに右や左といった時代ではないが,ずるくない象徴を利用しようとするずるさがあるかぎり右派のそれは思想ではなく,また,言葉や「モノ」に固定化された目的に振り回されている限り左派のそれも思想ではない.思想とは,ただ多くの足を動かしてもぞもぞと餌をあさったり敵を刺したりすることではなく,悪循環を良循環に変えていく理性の美しさのようなものを内包しているのだと思う.
  実を言うと,私がなぜこんな昔のことをわざわざブログに書いているのか,と自分に問うてみれば,かつて強く感じていた政治家への気色悪さがどうも最近薄れてきているように感じるのである.今では,右や左の色メガネをかけた友人たちの背中にも,そうして自分自身の背中にもうごめく脚を見ることはめったになくなってしまった.グロテスクであった政治色が,一見ファッションのように淡くなってきているように私の目には見えているのだが,,もしかすると,いや,おそらく,いつのまにか私自身がすでに不気味なムカデの目で世間を見ているのに気づいていないだけなのだろう.
  右や左といった区別が曖昧となった現在では,個人や集団の利益,正義,欲などを統一的に動かして思想とは呼ばない.しいて言えば,ただ都合の良いことを言って人気を集めるポピュリズムがこれに代わって大いに毒を吐いているのだが,,私を含めて多くの人がこの気色悪さを見分けられなくなっているように思う.子ども政治家たちの言動は好きではなかったが,わかりやすく,少なくとも純粋だった.皆がムカデの目を持ってしまった現代は,何かとてつもなく大きな間違いに向かって進んでいるようだが,恐ろしいことには,誰もこの危機を見ることができない.


(PS:「言葉に固定化された目的に振り回される」とは,たとえば,貧困→教育↓→貧困,貧困→人口増加→貧困,といった悪循環があるときに,対峙すべき本の対象は悪循環であるが,時として貧困という言葉に目的が固定化されてしまう.貧困が悪く,裕福さが良い,のではなく,悪循環からの脱出が目標となるべきだろうと思う)
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2012年09月03日

(新)秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある

5月26日のブログ「秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある」
の内容を書き直しているうちに,絵画に関する感想が消えてしまったので,消えた文章の周囲をもとの場所に残して,(新)秀吉嫌い,,をここに載せます.



秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある
富田 直秀

  私の名前(直秀)の秀の字は,岐阜県生まれの両親が豊臣秀吉にあやかろうとしてつけた名前らしい.両親には申し訳ないのだが,,私は秀吉が嫌いだ.
  私も若いころには,人を尊敬し人生に目標を設定して突き進む秀吉の一途さにあこがれた時期があった.しかし,これは歴史的事実よりも「太閤記」の物語性に強く引きずられて形成された秀吉像であるし,たとえ若いころの秀吉がそうであったとしても,天下人となった後の秀吉はどうだろうか.朝鮮出兵にまつわる一連の言動だけを挙げても,秀吉の晩年には決してあやかりたくないと思う.天下を取ってからの秀吉の一連の醜態は,歳をとることによる“もうろく”として,または自己中心的となり客観的な判断力を失った結果として,表現される場合が多い.
  しかし,晩年の秀吉は「私」に固執したのではなく,むしろ「私」を粗末にした結果として周囲とのつながりを失ったのではないだろうか.私の好きなデザイン・アートの視点からみると,目標を達成するために客観的・合理的な方法を選択するデザイナーとしての生き方にこだわりすぎて,アーティストとしての「私」を見失ったのだと,私は解釈している.秀吉がその晩年にアーティストとしての「私」を見失ってしまったことの重大性は,彼一人の問題ではない.人生のデザイナーとして成功を収め,この国の様々な分野で実権を握る何人かは,秀吉のようにアーティストとしての「私」を見失って,今もなお黄金の茶室を作り続けているからだ.
  私の考えるアートとは,それを人の役に立てたり,アートで何かを人に伝えようとするのではなく,あくまで自分のためにあるものだと思う.もちろん,結果としてアートは立派に世の中の役に立っているし,また,結果として大切な何かを伝えている.けれども,だからといって役に立つためにアート活動をするのも,何かを伝えるためにアート活動をするのも的外れであって,アートとはとことん孤独であるところに基礎があるのだと思う.吉本隆明氏は,良い文学作品というのは,そこに表現されている心の動きや人間関係というのが,自分にしかわからない,と読者に思わせる,そんな作品だと述べている.文学作品に限らないだろう,たとえば先日,福田平八郎の絵を見ると,以前に見たときとは全く違った表情がそこに見えている.福田平八郎の絵に描かれている波やら鯉やら葉っぱの表現は,平八郎独特の世界観なのだと以前は考えていたけれども,平八郎の絵の中に見えていた表情,そうして今の私が同じ絵の中に見ている別の表情は,実は私の中に育ち,変化しつつある私の「絵」の表情なのだ.吉本隆明氏が文学作品に対して述べたことと同じように,絵画でも,見る者に,自分にしか見えていない「絵」だ,とそれぞれに感じさせるのがいい作品なのではないだろうか.また,「能」の舞が徹底的に表現を削って,その一見単純な動きの中に見る者の現実とも幻想ともつかない世界を映してみせるのと同じように,日本の芸術の多くは,ほとんど空(くう)に近くなるまで表現の引き算を重ねていって,中身が空となった器の中に見る者の世界を映してみせる.芸術表現とは,共通のコードを使ってAからBへ意味を伝えるコミュニケーションとしてではなく,吉本氏の言うように,AはAにしかわからない表現をして,BもBにしかわからない見方をして,両者が偶然に出会うことによって生まれるものなのだろう.氏はこのことを「自己表出と自己表出の出会い」と表現している.また,村上華岳が「画論」の中で「制作は密室の祈り」であると述べた,その徹底的な孤独と締念の中での出会いの存在が,デザインとアートとの間に太い線引きをしているように思う.
まあ,そういったややこしいことはどうでも良いのだが,とにかく,歳をとるにしたがって,道を歩いていて傍らの植物を見ても,空を見上げても,私の周りの世界はどこか物語を含んでいて以前よりも潤ってきているように思う.なにも絵を描いたり音楽を奏でたりするばかりがアートなのではない.私の考えるアートでは,作品さえも必要ない.たとえば,人の顔だけではなく身体や花や木々や様々なものに表情や物語を感じたならば,それもかけがえのないその人のアートだ.そうしてそういったアートは,習ったり勉強したりするのではなく,様々な出会いが私の中に蓄積,,いや,様々な出会いが「私」そのものを構築し続けて成立するのだろう.強い感動の中に自己を発見する若い感性もそれなりに良いが,老いぼれて,独立した個としての機転と機能を失いつつある中でこそ見えてくる静かな「私」像は,周囲との境界さえあやふやである「私」象は,これもなかなか捨てたものではない.
  もちろん,デザイナーもアートの心を持つし,アーティストもデザイナーのスキルをもつ.どちらか一方だけの人間はいない.若い頃には,他者と明確に区別された自己とその目標を見定めて,客観的かつ合理的に目標に向かって突き進むデザイナーのスキルが必要かもしれない.そうして,歳をとってからは,たとえそれがはっきりとした実体を持たなくとも,たとえ人に伝わらなくとも,またたとえ時の為政者に切腹を申しつけられようが,「私」をみつめることのできるアートの生き方を基礎として持っていたいと思う.デザイナーの作る「実」とは器のようであって,その器にそれぞれのアーティストとしての「私」が注ぎ込まれることによって「質」が育つのだろう.われわれの若いころは,がむしゃらに実体としての「器」を作り続けていた.それでも,そこに自然と「私」が注ぎ込まれるようなアートの土壌が社会に用意されていたように思う.老いぼれて,独立した個としての機転と機能を失い,時には呆けてしまっていた年寄りたちが,実はアーティストとしてこの土壌を育てていたのではあるまいか.歴史のようにしっかりとした物語の上に存在している年寄りたちの自我は,たとえ周囲との境界さえあやふやな「私」であったとしても,社会のなかでしっかりとその役割を果たしていた.
もちろん,歳をとってからでも周囲からの要請があるならば人生のデザイン力を発揮して人の役に立つ仕事をしなければならない.ただ,いかに巧妙に器がデザインされても,それぞれがアーティストとしての「私」を持ってその器にかかわることのできるしくみが社会になければ,それは自慢のためだけの空っぽの器であって本当に人の役に立つことはない.グローバル社会の中では孤独なアーティストたちの物語が忘れ去られて,デザインを生かすアートの土壌が崩れようとしているのではないか.その一方で,人生のデザイナーとして成功を収め,この国の様々な分野で実権を握る賢人の何人かは,秀吉のようにアーティストの心を見失い,自慢話のリズムに乗って現代の黄金の茶室を作り続けようとしているのではあるまいか.

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2012年08月17日

自慢話大好き

自慢話大好き(富田直秀)

  私は自慢話が三度の飯よりも好きだ.講演や授業前には準備のために食事を忘れることもあるので,三度の飯,,云々もあながち誇張ではない.しかし一方において,学会講演や論文や,また,絵や思想や日常生活における様々な場面で「自慢」を見せつけられることには辟易(へきえき)している.自分がさんざ自慢話をしておきながら,人の自慢話をおとなしく聞かないのはいかにも身勝手だ.
  自慢,つまり,自己満足を人に誇るためには,少なくとも自分を満足させる一貫性を有していて,そこに同意や共感を得ようとする努力がなければならない.自慢自体は決してつまらないことではないが.自分を満足させている一貫性が生き生きとした柔軟性を欠いて固定化されていると,自慢はとたんに精彩を欠いて滑稽でつまらない見世物となってしまう.たとえば,私たち研究者は研究発表をする.その新しさと論理的一貫性が認められると業績となり,それを蓄積する.そうして,たいていの研究者はその蓄積された可能性への自慢に多くの労力を割いている.蓄積された可能性が世の多様性に追従できる柔軟性を有しておらずただの論理的な構造物であれば,研究は自慢のためだけのブロック玩具にすぎない.現代はレベルの高いブロック玩具ばかりが増えてしまって,徹底した試行錯誤に支えられた柔軟な研究の姿が見えなくなってしまった.
  またたとえば,私は現代の絵画や小説よりも一時代前の作品に抜き差しならない真摯さを感じる.技術だけを問うならば,現代作家のそれは決して劣っていないのではないだろうか.ただ,昔の芸術家は自慢にうつつをぬかす余裕などなかったのではあるまいか,と思う.芸術家が誰よりも自分に対して真摯であるならば,自分を離れて生き続ける作品に対して,固定化された評価は望まないだろう.高い評価を受ける絵画の狭間に,生きた作品のひっそりとした息吹は聞こえにくくなってしまった.
  最近になってフッサールを再び読んでみたが,私はその内容を理解することができない.いろいろと私の字で書き込みがしてあるが,私は本当に理解していたのだろうか.私の理解力の低さもさることながら,思想史の中に現象学を位置づけようとするフッサールの努力が,私には難しすぎて理解できない.もしフッサールが自慢を廃して,モノありきの上に構築された科学的態度への疑問を正直に表現していたならば,現象学はもっとイキイキと私たちの生活の中に溶け込んでいたのではないだろうか,などと想像している.
  自慢自体は決してつまらないことではない.自慢があるからこそ発展は意図され成功するのだろう.自身の首尾一貫した方向性に自信を持ち,そこに同意や共感を得てこそ物事は動き出す.けれども,その方向性が柔軟性を失ってモノや理屈や基準が固定化されると,自慢はイキイキとした価値を犠牲にして世の中を面倒でつまらない方向に導いていく.
  たとえば工学は,これまでの設計の考え方に大きな変更を迫られているのではないか.このお盆中に研究室の掃除をしたのだが,捨てられるペットボトルやらアルミ缶やら印刷物やらの美しさはどうだろうか.50年前であればその一つ一つがとてつもなく貴重であったであろうモノたちが,毎日ごみとして大量に捨てられている.便利な構造,安価な加工,美しい外観,,,などなどが固定された仕様として設計が行われ,モノが実現し「自慢」され,そうして役割を終えると,こうして捨てられる.モノだけではない,固定化された理屈や基準も「自慢」され役割を終えて捨てられる.いや捨てられるならば良いのだろう.固定化されたモノや理屈や基準が自慢のためだけに蓄積され,ごみとなって自然な動きを妨げている場合がある.このようなわだかまりを,私たちはしかたのないこととあきらめているが,このまま,私たちは固定化されたモノや理屈や基準を「自慢」し続けてもいいのだろうか.気が付くと,イキモノの気配のない荒涼とした世界に自慢話ばかりが氾濫しているようなことになりはしないだろうか.
  繰り返すが「自慢」を非難しているのではない.自慢のない世界は発展のない世界に等しい.ただ,固定化されたモノや理屈や基準ではなく,もっと柔軟でイキモノらしい臨機応変さが「自慢」され評価されるようになれば,世の中はもう少しシンプルになるのではないだろうか,という提案である.ものつくりの衰退,医療における無駄の問題,原発問題,,すべて固定化されたモノや理屈や基準がごみとなって自然な動きを妨げている結果ではないだろうか.


P.S.:これが今日の私の自慢話である.
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2012年06月08日

サッカー嫌い

 うちの研究室の学生は,サッカーがとても上手いらしい.インターハイで上位まで行ったK君を始め,サッカー同好会やフットサルサークルの現役として活躍している学生も多いのだという.とにかく世の中にはサッカー好きが多い.海外に渡航しても,食事会などではよくサッカーの話題で盛り上がる.Nakataと言えば,人差し指を振って見せて,知ってるよ excellent とうなずく外国人が,今でもたいてい1人はいる.知性的な言動と紳士的な態度で知られるあるイギリスの大学教授は,サッカーリーグの話になると論理も公平性もそっちのけで,ひたすらひいきチームファンの学生や研究員をえこひいきするという.このサッカー狂乱は,インターナショナルなのだ.
  私は,サッカーが嫌いだ.
  第一に,中学生の頃から私はサッカーが大の苦手だった.ボールが来るととにかくゴールの方向に蹴飛ばすだけで,ゴール前でもオフサイドなんぞ気にしたこともない.第二に,サッカーのゴールというものは,たいてい私の見ていない時をねらって行われるらしい.第三の理由が最も合理的だと思うのだが,サッカー競技が「狡さ」を許容しているように私には見える.狡い者が得をするのはどのスポーツも同じだが,サッカーではその狡さを公然と褒めるではないか.「わざと転ぶなー!!」「そいつを褒めるなー!!」と私は心の中で叫びながら,サッカーを観戦する.この熱いイライラの集積が,実はサッカーの人気の秘密なのだ.


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2012年05月26日

秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある

ブログ「秀吉嫌い : 年寄にはアーティストとしての役割がある」
の内容を書き直しているうちに,絵画に関する感想が消えてしまったので,消えた文章の周囲だけをここに残して,(新)秀吉嫌い,,を9月3日に掲載します.

  たいへんもったいないことなのだが,日本画家の森桃子さんに研究室の事務の手伝いをしていただいている.以前に森さんが製作されている花の素描を目する機会があり,その線の表情が衝撃的だった.人の顔に表情があることは誰にでもわかるし,クロッキーをすると身体の表情にも少し敏感となる.けれども,植物の形にもこんなにはっきりとした表情があることを,この時ははっきりと「思い出す」ことができた.
  これは「知った」のではなく,「思い出した」のだろう.最近,創画会の藤井智美という日本画家の絵も気になっているのだが,この人の絵の場合は,絵を見た後にはそれまでなにげなく見ていた建物の壁やら木々やらに「絵」が見えるようになった.作者の強い個性に引きずられて見えてきた「絵」というよりは,これも,もともと私の中にあった「絵」を思い出したような感覚だ.
  吉本隆明氏は,良い文学作品というのは,そこに表現されている心の動きや人間関係というのが自分にしかわからない,と読者に思わせる,そんな作品だと述べている.確かに,昔読んだ小説を今読み返してみると,今の私にしかわからないであろうと思われる風景も,そこには見えてくる.絵画もそうなのだろう.「能」が徹底的に表現を削って,その舞の単純な動きの中に見る者の現実と夢の間の世界を描かせるのと同じように,日本の芸術の多くはほとんど空に近くなるまで表現の引き算を重ねていって,その空のところに見る者の世界を描かせる.芸術表現とは,AからBへ意味を伝えるコミュニケーションではなく,AはAにしかわからない表現をして,BもBにしかわからない見方をして,両者が偶然に出会うことによって生まれるものなのだろう.吉本隆明氏の言う「自己表出と自己表出の出会い」とはそういうことなのだろうと思う.

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2012年04月11日

歌舞伎(KABUKI)嫌い,その2:デザイナーかアーティストか

(歌舞伎(KABUKI)嫌い,その2:デザイナーかアーティストか)
  2011年10月03日のブログ(歌舞伎(KABUKI)嫌い」を書いてから,超格安の一等席券を手に入れる幸運などにも恵まれて,歌舞伎を何回か観劇する機会に恵まれた.結論から述べると,観劇するたびに,より歌舞伎が嫌いになり,また,より好きにもなった.あれこれご託を述べる前に,京都四條の南座で観劇した秀山祭三月大歌舞伎の内容を簡単にご紹介しよう.夜の部その一,俊寛(しゅんかん)では,平清盛への謀反を企んだかどで鬼界ヶ島に流罪となった俊寛僧都を中村吉右衛門が演じた.人里離れた孤島の殺伐とした風景の中にぼろをまとった吉右衛門が登場すると,開始早々から会場は大きな拍手に沸いた.拍手を受けて吉右衛門の表情に,ほんのかすかに浮いたような色が浮かんだ,と感じて,私は,あれ?と首をかしげた.以前に私は,歌舞伎のやくざなところ,やんちゃなところ,大げさなところが嫌いであり,また同時にそこが魅力でもある,と両価的な感想を述べた.その両価性の魅力の側を私に見せつけたのが洗練された吉右衛門の演技だった.「洗練」とは,その演技技術の高さの以前に,まず役への没頭が絶対条件だと私は考えていた.孤島での三年間の流人生活の疲弊を表現する「俊寛」の登場場面に,たとえかすかにでも吉右衛門が観客を意識していたのだとしたら,私が想像していた「洗練」とは少し違うところに歌舞伎の「洗練」があるのかもしれない.
  あの色は私の見間違いであったろうか,と迷いを後に残して,舞台上では流人たちの島の生活が淡々と表現されていく.俊寛は,2人の流人仲間と日を置かず合っては,共にその寂しさを慰め合っている.その日は,流人の一人である成経が土地の海女の千鳥と夫婦になったと聞き,みなでささやかな祝言を開く.俊寛は友人の幸福に笑い,その笑いがしだいに細く枯れて泣き声になってしまう演技でも吉右衛門は会場を泣かせた.そこへ都から赦免船があらわれて,3人は都に帰れると手を取り合って喜ぶが,赦免船から降り立った役人は,俊寛にだけは赦免はなく,俊寛の妻もすでに殺害された,と告げる.落胆した俊寛は,せめて千鳥を成経と共に船に乗せてやってくれと頼むが,これも聞き入れられず,思いあまってこの悪人役の役人を殺してしまう.罪を重ねて,たった一人で島に残ることになった俊寛が.高い岩の上から都に帰る船を見送る場面がこの劇の最大の見せ場だ.岩をよじ登り,視界を遮る松の枝を払う仕草にも,鬱蒼とした島での生活が表現されている.そうして,都を慕う気持ちの強さやこれから一人で耐えなければならない時間の重さが,吉右衛門の無言の動作の一つ一つに鮮烈に表現されていた.
  さてここで,吉右衛門が初っぱなに観客を意識する色を見せた,と感じたのは私の思い過ごしだったろうか.おそらく思い過ごしなのだろう.けれども,歌舞伎を司る人たちは顧客の感動を目標としてデザインをしているのだ,と考えれば,剛から柔へ,動から静へと豹変を見せる構成や,大げさな動作,その色,音,みえ,,歌舞伎の構成の一つ一つに,なるほど納得がいく.吉右衛門がもし仮に,感動を操るデザイナーのしたたかさをちらりと見せたのだとしても,観客はそれを百も承知なのかもしれない.能舞台が,作意を徹底的に廃したアートとするならば,歌舞伎を司る人たちはアーティスト artist よりもデザイナー designer としての誇りを持っているのではあるまいか.アーティストには原則として顧客や作意といった概念がないのに対して,デザイナーにははっきりとした顧客意識がある.やくざでやんちゃで大げさな演技は,作意や計算を恥じていないデザイナーの誇りの現れなのかもしれない.工学のものつくりにたとえるならば,歌舞伎にはおそらく顧客の要求を書き下して目標にする「仕様」さえも存在するのかもしれない.
  次の船弁慶(ふなべんけい)では,能と同じように笛,鼓,小太鼓を並べて,謡曲に似た音と場面を作りだしている.その台詞や進行は能よりもはるかにわかりやすく派手やかだ.ずらりと三味線もならび,大きな明るい舞台装置で目の前に赤々とした物語を展開してみせる.義経との別れを惜しむ清らかな静御前役と,後に海を荒らして義経の行く手を阻む平知盛のおどろおどろしい亡霊の役を同一人物(又五郎)演じるなど,ここでも豹変の妙を見せて観客を楽しませる計算がある.この歌舞伎の派手やかしいデザインに比較すると,能では背景の松の絵と通路に飾られた松の小枝以外にはこれといった舞台装置はない.事前に物語を知らなければ,話の筋さえ劇から聞き取るのは難しいだろう.薄暗い舞台と動きの少ない舞に夢うつつとなった時に,どちらが現実か夢かわからぬような境地に包まれるのが能の醍醐味だと私は感じているのだが,そこに感動を受け取るか否かはそれぞれの観客側の裁量であって,役者は観客に頓着なく,また計算もなく,ただひたすら役に没頭している.
  歌舞伎で演じられる船弁慶は,一見,能の演出を派手に,わかりやすくしただけのように見えるのかもしれないが,能と歌舞伎はお互いにまったく正反対の極致を表現しているように私には思える.作意を徹底的に廃した能がアートとしての演劇の一つの極みであるとするならば,歌舞伎は顧客の感動を仕様としたデザインとしての演劇の一つの極みなのではあるまいか.
  歌舞伎と能とどちらが好みかと問われれば,その無心さにおいて私は能を選ぶ.もちろん歌舞伎も無心の芸だが,その無心を冷静に眺めているデザイナーとしてのしたたかさもあるのではあるまいか.しかし,では時間とカネが手に入たときに,双方のどちらの公演を見に行くかと問われると,歌舞伎に行ってしまう場合が多いだろう.嫌だと言いながら悪人に惹かれてしまう女性の心理に,私のこの両価性の感情は似ているのかもしれない.歌舞伎は,やはり娯楽として格段に面白いのだ.やや的はずれな例だが,ディズニーランドと博物館のどちらに行くか,プロレスと相撲とどちらがどきどきするか,という問題にも似ているような気がする.娯楽性と言ってしまうと一見浅はかな表現だが,顧客の求めるものをしっかりと意識して,その要求に忠実に応えて設計(デザイン)を行うこと,そうして,無心の自分を冷静に眺めているもう一人の自分を意識すること.これらはデザイナーの特質というよりは,近代の仕事人に共通する特質でもあるのだろう.アートを気取らないデザイナーのしたたかさと合理性は,グローバルな社会を生き抜くための一つの処世でもあるのかもしれない.私はあくまでアートに憧れるが,しかし実際には優れたデザイナーのしたたかさに流されてしまう弱さを持っている.この私の弱さは,グローバル社会に適応しようともがいている現代人の弱さと悲しさそのものだ.

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2012年03月11日

姨捨・爺捨・子捨と袂を分かつ「深く短く生かせる医療」 

  縮小研究会での発表を無事終えた.
  以前にも書いたが,これからの社会は縮小を考えなくてはならない,という,いわば「モノ」(物質やエネルギーや力などの保存量)を中心とした考え方をするグループの中で,「コト」(コミュニケーションなどの保存しない,量では表しにくい,対象化もされない)に関して話さなければならなかったので,少なからず緊張していた.講演の正式の題名は「医療技術開発におけるリスクコミュニケーションの現状」だったが,その内容の本筋は「深く短く生かせる医療」だった.「深く短く生きる」は,レスパイト医療活動をされている富和清隆先生 (東大寺福祉療育病院副院長)がよく口にされる言葉だ.医学の進歩によって障害を持つ子供は増加している.「深く短く生きる」は,難病や障害(LTI:life threatening illness)を持つ子供の家族を支援するレスパイト活動のコンセプトとして提唱されている.医療における縮小を考えるときには,自分自身が深く短く生きるだけではなく,愛する家族を深く短く生かせる選択肢を考えることが,重要なポイントになってくるのだと思う.けれども,この内容は今回の講演題名からも,また,前回のブログにも紹介した抄録からも削っている.それは,この「深く短く生かせる医療」の内容が,大きなコミュニケーションの中で語られると,姨捨思想になってしまう,と感じたからだ.姨捨・爺捨・子捨のシステムは,その根底に(生産性∝生きる価値)という概念を含んでしまう.
  まずはお互いが直接に合って信頼し合うことができる「コミュニケーションザイズの縮小」があり,その小さなコミュニケーションサイズの中で「だれもが生きるに値する」という価値観の上に立って「深く短く生きる」そうして「深く短く生かせせる」という自己選択システムが自然に生じてくることを待たなければ,この主張は姨捨・爺捨・子捨になってしまう.たとえば北欧では,スプーンを自分で持ち上げられなくなった時が寿命である,という漠然とした概念があって日本ほど食事介護が普及していない.1990年代に大熊由紀子著「『寝たきり老人』のいる国いない国」をきっかけとして,要介護者の自立を支援する欧米の文化が注目されだした.日本の介護福祉文化は,予想以上にその動きが重いが,おそらく日本においても.自己選択において食事介護や胃ろうなどを拒否するケースが増えていくのだろうと思う.けれども,これがもし大きなコミュニケーションの中でトップダウンに決められていくのならば,それは現代の姨捨・爺捨・子捨となってしまう.「深く短く生きる」そうして「深く短く生かせせる」という自己選択システムは,信頼し合う小さなコミュニケーションの中でこそ語られなければならない.おそらく,北欧にはグローバル社会の中でもそのような小さなコミュニケーションサイズを維持させているのだろう.日本における「世間」というコミュニケーションは,時として暗黙の圧力を個人に与えることがある.欧米の生活の中に維持されている小さなコミュニケーションには,個人の自由を束縛しない「しくみ」があるのだろうか,,.

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2011年10月03日

歌舞伎(KABUKI)嫌い

  歌舞伎を,私は食わず嫌いで,昨日までは一度も見たことはなかった.名古屋の御園座「第四十七回吉例顔見世」で,生まれて初めての歌舞伎を体験してみると,まずは,そのおもしろさに白旗をあげざるを得なかった.能楽に比べるならば,そのやくざなところ,やんちゃなところ,大げさなところが鼻につくだろうと思っていたのだが,逆にそこが歌舞伎のおもしろさの肝でもあるようだ.
  たとえば,「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」では,人気力士濡髪長五郎と素人力士の放駒長吉の達引と侠気を描いた,,とあるが,要するに今の相撲界で問題になっている八百長相撲が,昔は侠気で堂々と行われていたことを背景にしている.濡髪は,自分を贔屓(ひいき)する若旦那の与五郎と遊女との仲を取り結ぶために素人力士の放駒にわざと負け,それを知った放駒は怒って,頑として濡髪の願いを聞き入れない.八百長をした濡髪は世をわきまえてどっしりとした貫禄のある役柄として吉右衛門が演じ,不正に怒った放駒にはどこか慌て者で活きの良い役柄を与え,さらに若旦那を染五郎が純真に演じることで,八百長というやくざな罪を人情話として笑い飛ばしている.特に吉右衛門の演技は,大げさ,であることの深さを見せつけて,私の歌舞伎嫌いを笑い飛ばしていた.次の「棒しばり」では,主人の留守にいつも酒を盗み飲んでいる家来二人を登場させて,主人に縄で縛られてもなお二人で協力して酒を盗んではしゃぎ回る役に,ついこの間,酒の席での喧嘩で謹慎になったばかりの市川海老蔵と,テレビでも人気役者の三津五郎を登場させて,はちゃめちゃの酔いどれを演じさせる.これも,いかにもやくざでやんちゃで大げさだ.最後に,「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」では,夜ごとに吉原で喧嘩に明け暮れている色男;助六を,海老蔵の父,市川団十郎が演じる.さんざんの悪口の言い合いと理不尽なけんかの末に,助六が誰かれかまわず悪態をついて相手に刀を抜かせるのは,奪われた宝刀;友切丸を捜し出して母に返すためであった,とする物語である.それぞれ要約すると短い物語だが,絶妙の間で現れる音は混沌とした心にはっと響き,台詞の言外に込められた意を汲み取るために目は舞台に釘付けとなり,直線に仕切られた色彩は非日常の物語を何千倍にも豊かに表現してみせる.
  さて,これらの物語は正義という基準に照らせばみな罪となる「やくざ」な主題だ.大げさに人情をひけらかし,罪にはしらーとそっぽを向くようなところが,私の歌舞伎嫌いの一つの要因だ.その思いに変わりはないが,実際にその場で観覧していると,そのやくざなところを何か大きな優しさのような概念で包んで愛嬌のある「やんちゃ」に換えてしまうところがある.この正義よりも人の良さを優先させるところは,たとえば山本七平氏に言わせれば,人情ある良い人を教祖とする「日本教」の教義なのだろうか.私は.先の相撲の八百長問題や海老蔵の喧嘩には眉をしかめる自称堅物であるが,歌舞伎に表される「やんちゃ」を大いに楽しんでしまったところをみると,山本七平氏言うところの日本教徒の心も持っているのだろう.山本七平氏は,ユダヤ教と対比させてこれを日本教などと表現したが,もしやこれは人類誰もが持つ母性へのあこがれなのではあるまいか.つまり,極端に未熟な状態で産み落とされて母親に育てられるヒトという種は,弱肉強食の「やくざ」な話を,何か大きな優しさのような概念に包まれた「やんちゃ」に換えてしまうような,共通した心の故郷を持っているのではあるまいか.食わず嫌いだった歌舞伎にも,一旦その懐に入ってみると,そこはかとない心の世界も垣間見える.
  たった一回の体験で歌舞伎嫌いを返上するわけではないが,その,言よりも言外を重んじ,音よりも間を重んじ,さらにやくざなところ,やんちゃなところは,良くも悪くも日本文化の一面を表しているには違いないだろう.グローバル社会の中で,日本文化のもつ不合理は今も世界から不思議がられている.近年のインターネットの普及によって日本文化が文字を介さずに動画として紹介されるようになってくると,その不合理が許容されて合理ともなっている社会の複雑性や,グローバル社会におけるローカルの意味が世界の場でも論じられる日が来るのかもしれない.これは社会文化のみならず,現在私が仕事の上で対峙している問題「いかに技術の質を育てるのか」にも深く関わっている.貧乏学者にはずいぶん高い授業料ではあるが,日本文化と社会の表と裏を知る上にも,歌舞伎はよい教材なのかもしれない.


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2011年09月26日

「リスクコミュニケーション」と「モチベーションマネージメント」

「リスクコミュニケーション」と「モチベーションマネージメント」

           京都大学工学研究科機械理工学専攻医療工学研究室
                             富田 直秀

  技術の事業化にともなうリスクは,過誤と有害事象とに分けられる.また.有害事象の中には発生頻度は低くとも,有害性がとても高く,またその防止策がとても難しい「魔の領域」が存在する.この魔の領域への対処が,特に人を対象とした技術のリスクマネージメントにとってとても重要となる.しかし,相当量の安全性確認作業の後にも,確率が低く有害性の高い事象の可能性をゼロにすることは困難であり,また,低い確率の危険性に対する科学的理解には心理的な想定限界があるため,「大丈夫」「安心」といった価値観にコンフリクトが生じると,異なる価値観を有する人同士がコミュニケーションを行う場の設計(リスクコミュニケーション)が必要となる.
  しかし,科学者や専門家の多くがこのリスクコミュニケーションの立場を基本的に誤解している場合が多い.(科学に基づいた正しい情報を伝える)のみならず,その情報の上に立った(科学者自身の価値判断の自覚と双方向的な価値観の理解)こそが,リスクコミュニケーションの基本である.たとえば,発生頻度が低く有害性が高い事象に対する「大丈夫」という科学者自身の価値判断が,科学的判断として一方的に説明し得ると誤解されている場合が多い.リスクコミュニケーションでは,研究者個人が自身の価値観を自覚し,相手の価値判断を尊重する真摯なコミュニケーション能力が求められている.
  また,総じて,我々公的研究機関の研究者は公共の福祉を看板に掲げているが,多くの場合は現場を知らず,日々論文書きと予算の獲得に奔走している.論文で仕事が評価される現状のシステムでは,論文になりにくい試行錯誤的な作業は軽視されがちである.一方,企業は利潤を追求するが故に,リスクが小さく市場の大きなマーケットが優先され,その結果として医療費が増大し,必要とされている技術の実用化が阻まれている現実がある.これらの根本的な解決のためには,トップダウンに開発の方向性をコントロールする(ex.アンメット・メディカル・ニーズ)だけではなく,また,文章化された目標に向かって技術を開発するだけではなく,技術者が能動的に現場に関わり,そこにある問題を試行錯誤的に解決しようとする動機を育てるモチベーションマネージメントが重要である.
  資源のない日本が今日成り立っているのは,「質」の高い技術をたえず創り出してきたが故であり,ヒトを対象とする技術において「質」を育てる基盤として,上記のリスクコミュニケーションとモチベーションマネージメントはきわめて重要である.医療・福祉分野では,プライバシー保護等の観点から,現場と開発とのコミュニケーションの多くが文章を介しており,現場性の高いリスクコミュニケーションやモチベーションマネージメントが育ちにくい環境にある.たとえば,単なる延命や苦痛の除去を目的とした技術は必ずしも現場の問題を解決せず,何が「良い」技術かを体感することが,まず大切である.この問題を解決するために,当研究室では現場と開発者を結ぶ様々なコミュニケーションの場(医療福祉現場の方々と,研究者,学生,企業を交えたブレインストーミングの開催1)等)を行ってきたが,やはり,上記の現場性の体感においては不十分であったと反省している.今後,可能であれば現場性を考慮して,研究者が現場を訪れる研修なども企画していきたいと考えている.

(参考)
1. 近畿地域における革新的な医療福祉機器開発に関する調査研究報告書(平成22 年3月)  http://unit.aist.go.jp/kansai/innovation/report201003.pdf
2. 富田直秀.: 工学からみた整形外科 3書を捨てず,町へ出よう 科学的事実を生活に結びつける工学. 臨床整形外科, 46(4): 348-352, 2011.
3. 著者ブログ: http://tomitaken.seesaa.net/    その他
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2011年03月30日

良循環の兆しを,今

   「良循環の兆しを,今」

                              富田 直秀

 この3,4週の間に,身内の死や震災や子の受験失敗などが,あわただしく私の内外を通り過ぎた.苦しみは身を削り心を裂く,,それでも,苦は必ずしも悪ではなく.また,楽は必ずしも良ではないのだ,とそう思う.たとえば,悼む思いや心配は愛情でもあるし,逆に麻薬は人に楽を与え悪を生むではないか.苦そのものが悪なのではなく,苦の悪循環,つまり絶望こそが私たちの対峙すべき悪であろうと思う.
 かつて私が整形外科医であったころ,傷害の原因が人災(ex.労災や交通事故)であった場合に,その苦痛が何十倍にも増大してしまう例を多く経験した.また,時として安易なサポートがかえって社会復帰を妨げて,誰よりも本人自身が苦しむ場合がある.それは長く辛い負の悪循環である.今思い返せば,無意識に心に根付いてしまう人や社会とのかい離こそが,この悪循環の兆候ではなかったろうか.いわゆる,罪を憎んで人を憎まず,ならず,罪よりも人や社会を恨んでしまったところに悪循環のきっかけはなかっただろうか.
 「循環」とは,悪循環も良循環も,結果が原因を変えるところに生じる.先の人災の例では,不信が苦痛を増大させ,その苦痛がさらに不信を深くする悪循環があったのだろうと思う.しかし一方で、「循環」とは生命の特徴の一つである多様性を成立させる第一の条件でもある.結果が原因を変えるしくみが多様性を生み,その多様性の中から淘汰によって選ばれた安定なしくみがイキモノであるとするならば,「循環」は生命の源でもある.では,生命を育む良循環と生命を危うくする悪循環とを,私たちはどのようにして見分けたらいいのだろうか.大波小波とくり返す苦と楽とのうねりの中で,私たちは時間の物差しを片手に,いったい何が良循環なのか何が悪循環なのかと右往左往している.人の対立は破壊を生むが,一方では対立が社会の活性の源となっている場合がある.病の痛みの中で死にゆく人には麻薬処方も良であろう.今回の大震災は膨大な苦を生み出しているが,しかし,長い歴史の中で私たちはこれを逆に活力として生かしていかなければならない.
 しかし,悪循環を良循環に変えることなどできるのだろうか.人や社会がいったん悪循環に陥ると,自力のみでは制御が難しい場合が多い.病気や戦争,また流行などがいったん悪循環に陥ると,体力や資源や人気が枯渇するまで循環しがちである.また,結果の乏しさが動機を蝕み,その動機の乏しさが結果を悪くさせる負の循環が生じると,その重い失意の底から抜け出すのもやはり自力では容易ではない.循環が極端な方向性を持ってしまう以前の兆し,つまり悪循環の兆候を見分けるところに,私たちの自律と自尊の要があるのではないだろうか.
 今回の震災や原発事故には人災の側面がある.けれども,人や社会への恨みによってこの膨大な苦しみが悪循環に陥ってしまうことだけはなんとか避けなければならない.人災を否定しようとするのではない.人災によって生じてしまう悪循環を阻止するためには,モノだけではなくコミュニケーションの寸断を一日も早く回復させなければならないのではないだろうか.たとえば,科学的な議論では,リスクを想定し,その想定に対する対処としてリスクマネージメントの骨格が形成される.発生頻度が極端に低く予想が困難な事象には「想定外」という名称が与えられ,リスクにかかわるコミュニケーションにおいては,この想定外を不安という感情で捉えるか,大丈夫という心構えで捉えるかが,反対派と推進派の間のおおよその亀裂であった.今回の震災では,まず想定やその対処の妥当性が科学的に再検討されるべきであろう.そうして,より重要な事は,「想定外」を巡る議論を決裂させない事であろうと思う.本来,大丈夫という心構えも心配という感情も科学的に説明され得る対象ではない.推進派がそれを科学の言葉で説明しようとしていたとすると,そこにまず推進の大きな誤解がある.そうして,心配という感情も同様に科学の言葉で表す事ができず,先の想定やその対処の科学的妥当性の議論と混同するならば,それも大きな誤解である.科学的な議論は文字を用いて行う事はできても,心構えや感情にかかわる議論は,直接に顔を会わせてお互いの価値観を尊重する環境でなければ大きな亀裂が生じてしまう.価値観を含む議論は文字によって分断され,悪循環を生むのみである.
どうだろうか,たとえば,原発事故現場で必死の活動を行っている人たちの姿を見て,そこにエールを送る,といった行動は共通の価値観の土壌を形成させないだろうか.こういった,良循環の兆しを今のうちにしっかりと育てておかなければ,将来に社会というものの成立を根本から揺るがす悪循環を生んでしまうのではないだろうか.それは国策としてトップダウンに操作したり命令するのではなく,各個人の動機に立脚した自然な行為でなければ良循環とはならない.社会からかい離して人は生きてゆけず,また,人からかい離した社会も存続が難しいことを考えると,いま,個人と社会との関係の健全性が,私たち一人一人と日本という国に問いかけられているのだと思う.その健全性の上に立ってはじめて,いわゆる「想定外」の是非を議論し得る土壌ができるのだと思う.
 くり返すが,苦しみ自体は必ずしも悪ではない.苦の悪循環,つまり絶望こそが私たちの対峙すべき悪であろう.苦楽や目先の価値観に翻弄されず,過ぎゆく時間の流れの中にたたずんでみると,,被災地を照らす暖かな陽の光やボランティアの笑顔は,せめてもの良循環の兆しかもしれない.少しずつ回復している流通や社会活動も良循環の兆しだろう.震災を経て,自己主張や利便性のみを目的にした科学技術の発展は,むしろ悪循環の兆しなのだ,と改めて思う.
 そうして,どのような苦の中でも,また価値観を異にする議論においても,まず,ほがらかであることは,これは,まちがいなく良循環の兆しである.
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2007年08月10日

あえて狭い視点から

「文芸春秋」1000号記念佳作賞論文(1994年)
テーマ:地球新時代の日本
「あえて狭い視点から」
内容を読む
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実用化研究にボランティア精神を

The Division, 巻頭言(予定)

内容を読む
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未知要素を含む系における信頼性

「デー タの信頼性と人の距離」に関する論文調の独り言です

「 実用化研究においてはあらゆる場合を想定した評価が必要であるが、実際には実用における状況の再現と完全な定量評価は不可能である。未知の要素を含んだまま高い信頼性を得るための科学的な試みはいろいろと模索されているが、この点においては未だ職人技術の域にまで達していないのが現状である。本論文では医療福祉分野を例にとって、まず信頼性獲得における「職人技術」の重要性、さらに「人の距離」と「共感」の果たす役割を考察し、次に「心の距離」の持つ意味を私的な立場から探ってみたい。・・・続きを読む
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ぶつぶつぶんつう

崩壊寸前のボランティア活動の紹介です。

「文章を読んでいただく前に、同載しました1枚目の写真を見ていただきたいと思います。これは医師会報から転載させていただきました写真で、母親に抱かれた子供が今まさに注射を受けようとしているところです。母親と女医さんとの間には信頼し合った実に和やかな雰囲気が感じられますが、抱かれている子供は阿鼻叫喚の面もちです。病院における治療は医師と患者の了解の上に成り立ていますが、それはあくまで大人の世界のことであって、子供にとっては不条理以外のなにものでもありません。・・・ 続きを読む
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京都大学 工学研究科 機械理工学専攻 医療工学分野(医学研究科 生体工学分野) 
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